クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第二十六話


「ああ、お父上様、お許しください。私は……私は、罪を犯しました。お父上様の息子として何よりも重い罪を、私は犯しました!」
翌日の事だった。大広間で、アドニヤは悲痛な声を上げて、父に訴えていた。その目には涙が浮かび、ポロリポロリと床に落ちた。周りに控える従者や祭司たちの表情はそれぞれである。大方のものは、この誠実な王子がどのようなことをやらかしたのだという顔。そして数少ないものは、王となる少年がいなくなってしまったことに対する不安。
裁判を頼む群衆が来る前の時間に、玉座に座ったダビデのもとにアドニヤはやって来て、涙ながらに自らの罪とやらを告白した。それ即ち、自分のせいでソロモンがいなくなってしまったという内容のものだった。後ろにはヨアブも控えていた。ヨアブも、無論のことアドニヤに言われたうえで、悲しそうな表情を何とか演じていた。

いくらなんでもソロモンがいなくなったことが、いつまでも気づかれないわけはない。彼が本当に忌み嫌われていた時代ならあるいはそのまま、これ幸いにと彼の存在自体をなかったことにする可能性もなくはなかった。しかし彼が秘密裏に次の王と決められた今となっては、さすがにダビデも問題として扱うだろう。アドニヤはその前に手を打った。ソロモンがいなくなったと他の誰かに分かる前に、自ら出頭したのだ。

玉座のダビデはそれを聞き、相当に動揺しているようだった。
「詳しいことを話せ」震える声で彼は言った。アドニヤは内心では待ってましたとばかりに、「昨日起こったこと」とやらを、いかにも自責の念にとらわれ、今にも死んでしまいそうだという体で語り始めた。

「わが偉大なるお父上様、イスラエルの王ダビデ、この愚かなしもべをお許しください。私は昨晩、ソロモンを、あの哀れな弟を町に連れ出したのです。それはつまり、そのう、私は彼も年頃でありますし、遊ぶ楽しみというものを教えてやりたかったのです。何と申しますか……つまり、私も、時々こっそり宮殿を抜け出しては、そのような遊びをしておりましたもので。は、なんとも恥ずべきこと、不埒で乱れたことではありますが、とにかくも私は連れ出してしまいました。護衛に、ヨアブ将軍にも無理を言い、ついて行って貰ったのです。我々三人は、町の中でも、夜でも明るいところに入りました。ソロモンは少し落ち着かないようでしたが、私は無理を言って楽しむよう言いました。そのおかげで彼も、いろいろ見るものが珍しかったのもあるのでしょう、だんだんとあれこれ目を奪われるようで、少し私たちから離れるようにもなりました。私たちはそれを良いことだと思って、放っておいたのです。しかしです。人もそれなりに多いところに来ますと、私どもが少し目を離してしまった時、ソロモンがいなくなってしまったのです。我々は血眼になって探しました。そしてようやく、とある娼婦がそれらしき者を見かけたということを我々に告げました。黒い肌をした奴隷商人の男どもが、それらしきマントにくるまった少年を無理やり連れて行ったとのことでした。私たちは追いましたが、ついぞ、それを見つけることもできませんでした……私の責任です。全ては私の責任で、父よ、貴方は息子の一人を失ってしまわれました。お許しください、私のこの罪を!」

いかがわしく治安の悪いところなら特に、迷子になっている少年少女を奴隷商人がさらって勝手に奴隷にしてしまうことは珍しくもない。珍しくもないからこそ、彼らの話は真に迫っていた。おまけに、奴隷に売られたからには、生きて故郷になど帰って来れないというのは常識であった。

無論、でっち上げであることは言うまでもない。
彼らはあの後、ソロモンが息絶えたと判断し、彼を門の外に運び出した。門番ははっきりと見ていたが、いかんせん王子と将軍相手である。下手に引止めなどせず、彼らの好きに外に出させておいた。彼らは動かないソロモンを無理やり座っているような姿勢で馬の上に乗せ、アドニヤがそれを落ちないように支えていたのだ。
そして彼らは、町のはずれのゴミ捨て場の山の中に彼をうずめた。正確に言うのなら、アドニヤはそれをヨアブにやらせた。ヨアブが、もはやそれこそ死体と見分けのつかない体になってしまったソロモンを悪臭のするごみために詰め込んでいる間、アドニヤは彼の足もとで、一羽のヤツガシラが汚水の染み込んだパンくずを食べているのを見た。夜にこんな鳥がいるのも珍しい、と思いながら、彼はふと、ソロモンがヤツガシラが好きだったことを思い出し、哀れな弟に追い打ちをかけてやれと思い立った。彼はその場にいただけの、何の関係もないヤツガシラをその短剣で一突きにした。ヤツガシラは当然息絶えた。彼はそれを、短剣ごと弟の眠るごみ山の中において、ヨアブとともにその場を立ち去った。
彼らがソロモンを襲った時、その場に敷布を敷いていたせいで、地面に飛び散った血は一滴もなかった。彼らは一緒に持ち出した血の染み込んだ敷布を燃やしてしまい、それからしばらく夜の街で時間をつぶして、王宮に帰ったのだ。


だが、そんなことをその場に居合わせた人物と、居合わせないまでもその計画を聞かされていたアビアタル以外の人間は知るはずもない。ダビデはその言葉を聞いて、頭を抱えた。祭司たちの間に並んでいたナタンは、もっとの事だ。
「(なんということだ!)」彼は心の中で呟いた。
「(我々人間がどう思っていようとも、神はソロモンを選ばれたのだ!ソロモンこそが神の国を治めるにふさわしい人間であったことは間違いがないのだ!それだというのに、いなくなってしまったというのか?アドニヤが王になるというのか?)」
彼は混乱していた。取り乱していると言ってもいい状態であった。周囲には、彼がソロモンの教育係だったからそれほど悲しんでいるのだと見えただろうが、彼にとってはそれ以上の話だった。
「(私は見たのだ!何度も、何度も!ソロモンこそが王となると!なんということだ、運命が狂ってしまったのか!?一体どういったことだというのだ、神の計画が達成されないなどと!?)」
息を荒くするナタンを、アビアタルがニヤニヤ笑って見つめていた。アビアタルは彼のすぐ隣に立っていたのだ。
「ナタンどの」アビアタルは意地悪な声で声をかける。「どうも、貴方の預言はただの悪夢だったと見えますな」
「なんと!」
「だってそうでございましょう、神に選ばれたものがなぜ奴隷商人に誘拐されます?奴隷に売られては、もう生きて帰ってなど来れますまい。あんな虚弱な子供が」
彼は、うろたえるダビデを見て、責めるような視線でナタンを見抜き、言った。
「あなたとあの阿婆擦れのバテシバの計画もこれにてご破算ですな、いや、実にめでたいことだ。イスラエルは神の国。欲深の老いぼれと雌犬、悪魔の子の忌まわしき姦計によって神聖なる玉座が汚されることなどあり得てはなりませぬ」
「計画だと?何のことだ」
「あつかましい!神が、あのような忌み子を玉座に据えるはずがないだろう!お前たちは自分が後見に立つ人物、自分の息子を王につけ自分たちの地位も高めたいがために、何よりも崇拝すべき神の言葉すら捏造したペテン師どもにすぎん!」
アビアタルの勢いにのまれ、ナタンは何も言い返せなかった。ただ、自分のあれが預言だということも確信している。自分の見たあの血の海の夢がただの悪夢であるはずがなかった。アビアタルは神の言葉など聞いたことがないのだ。見分けのつかないものではない。断じてない。神からの言葉は神からの言葉なのだ。夢とも、幻聴とも違う。必ず、ソロモンはあの通り、王となるはずだったのだ。
アビアタルは自分たちを、神の言葉を捏造したものと本気で怒っているかのようだった。ナタンも知っている。この男は神への信仰において清廉極まりないのだ。彼もある種自分と同じで、宗教を商売ととらえるさもしい類の聖職者ではなく、ただひたすら神を信仰しているのだ。ただ、神の言葉を聞けないだけの事だ。
「(私だって!)」とナタンは心の中で叫んだ。「(私だって、私と言う人間個人があの気味悪い子供を喜んで育てたものか!あのアドニヤを差し置いて、わざわざあれを玉座に上げようなどと思うものか!あれは忌み子ではないか!売女の子ではないか!だが、しかし、ダビデも羊飼いの子であったのだ。末子の身であったのだ。それを神は見られた。神の眼は、人間の合理的基準と一致するものではない!神の声のきけぬ人間には、それがわからぬのだ!おお神よ、私が何をしましたか。このような責め苦を私に何故負わせるのです!)」

ダビデは王座で頭を抱えたまま、アドニヤに対する言葉がつむげないままであった。ダビデは、まだアドニヤにソロモンが次の王となるべき運命なのだと知らせていない。そこも、アドニヤの賢いところなのだ。
アドニヤがもし知っていれば、いくらアドニヤが誠実で優しい王子であるとはいえ、少なからぬ人がもしやアドニヤが、王の座を狙って誅殺したのではないかと疑うことだろう。しかし、アドニヤが件の事を知っているという事実はアビアタルとヨアブのみが知っている。ダビデを含めた他の人物には、アドニヤはソロモンが王座を奪うなどとはつゆ知らず、復讐どころか、唯一ソロモンに優しく接していた奇特な人物なのだ。そんな彼が理由もなしに、どうしてソロモンを殺すなどしよう。彼は良かれと思ってソロモンを連れ出し、それが裏目に出てしまったの過ぎないのだ。誰の目にも、そう映っていた。彼に、悪意があったはずなどないと。これは、事故だったのだと。
それに、ソロモンの件を知っていた人物の中の少なからぬ人数は、正直な話、この事件にほっとしているところもあった。これで元通り、誰にも王として求められる条件のそろったアドニヤが、王座に就くことになったのだと。彼らも、アビアタルと同じく、ナタンを疑っていた。彼は私利私欲のため、神に仕える身でありながら神を利用してまで、不当なことを王に強いたのだと。
ダビデも、王座の上からその雰囲気を体全体で感じ取っていた。だが、彼はナタンを疑っていはいなかった。

ここ数日で、ダビデにとってソロモンが王となることはそこまで現実味のないことではなくなっていた。それを一番に強めたのは、先日の蜂蜜の壺の裁きだった。彼は正直な話、息子に圧倒された。黒いマントに全身を纏った息子が、彼には一瞬、輝かしい存在に見えたのだ。

「(どういうことだ、ナタンの預言は間違っていたのか?)」
ダビデは顔を青くした。ずいぶんと沈黙が長引いている。アドニヤはつらそうだ。
どうであっても、自分は何かを言わなくてはいけない。王として、父として。彼は震える手でもって、アドニヤを指さした。
「アドニヤよ。私は、お前を、許そう」
王の言葉を待ちわびていた大広間に、彼の不安に満ちた声が響いた。やっと絞り出したと言った、つらそうな声を。
「お前に非はない。お前は、善意の上だったのだ。そして、ソロモンにも非はなかった。ただ、不幸があったのだ。あの子は、不幸な子だったのだ」
彼は手招きして、アドニヤを呼んだ。アドニヤはそれを拒むようなしぐさをする。もう一度呼ぶと、おずおずと近寄ってきて、ダビデの前にアドニヤは跪いた。
ダビデは身を乗り出し、息子の背中を撫でた。
「あの子は、不幸な子だったのだ。ただ、それだけだ」
ダビデはもう一度繰り返した。アドニヤはえずくような泣き声に混ざって「陛下のお慈悲を、ありがたく思います」と、ダビデにしか聞こえないような悲痛な声で言った。
無論、彼が心の中でほくそ笑んでいたことは言うまでもない。彼はダビデの言葉を、実に名言だと思った。そうとも、ソロモンはただ、不幸なだけだったのだ。

ダビデは、考えた。この状況において、自分が言うべき台詞など一つしかないのだ。
「泣くのではない。お前は、私の跡継ぎだ。私はお前に、いかなる罰も与えない」
もう、アドニヤを王位につける以外はないのだ。
アドニヤがはっきりと、次の王位を継ぐ存在と公言されるのは初めての事であった。


ダビデは大広間から出た時、バテシバが自分を待ち構えていたのを見た。バテシバはダビデを見るなり、掴み掛ってきた。彼女が何を言っているのかも、最初はよく分からなかった。彼女は完全に取り乱していて、自分の喉を破らんばかりの金切り声でダビデに叫びかかってきたのだ。
ようやく彼女の言葉が分かるころになってきたころ、彼女はこう言っていた。
「陛下、お約束したではありませんか!私の息子を、私の息子を王位につけると!私の息子です!アドニヤではなく!なぜアドニヤを後継者と!」
彼女はソロモンの名を呼ばなかった。ただ、「私の息子」と繰り返していた。
ダビデはそんな彼女を押さえつけ、「では、どうすればいいのだね、バテシバ」と言った。「アドニヤを王位につけるしかなかろう。バテシバよ、ソロモンはもういないのだ。私たちの間にできた最初の子のように、私たちの前からあの子は消えてしまったのだ。いないものをなぜ王位につけられようか」
口調こそなだめるようなものであったものの、ダビデのバテシバを見る目は冷ややかだった。
「(この女は、自分の事しか考えられんのだ。自分のためなら夫も殺す。息子すら、自分のためのものでしかないのだ。嘆くのは彼らの不幸ではなく、自分の不幸だけだ。実際、下らぬ女を部下殺しの罪をかぶってまでひっかけたものだ。ああ、なんと、この私も愚かなことか。ある意味では、私と彼女は、まるで運命のように似合いの取り合わせだったかもしれん)」
バテシバは彼のその視線には気が付いていなかった。ただ、憧れつづけた地位が手に入りかけたのにまたしても手のひらから逃げてしまったという事実に対する行き場のない憤りを、ダビデにぶつけ続けていた。


ナタンは、それを離れたところから見ていた。
「(何をおいても、哀れなウリヤよ)」彼は心の底で、今は亡きバテシバのかつての夫に改めて哀悼の意を示した。結局、彼を殺してまで成った二人の結婚も、このような見苦しい結果にしかならなかった。ウリヤは全くの死に損であったとしか言いようがない。彼にこそ、何の非もなかった。
それはそうとして、さすがに彼も、いくらかはソロモンに同情した。ナタン自身も含め、この宮殿ではだれも、ソロモンと言う一人の少年の悲劇を本気で嘆いてなどいないのだ。アドニヤを除いて。アドニヤすらもそうでないことは、ナタンが知るはずはない。
それにしても、なぜ神の預言が外れたのだろうか?ナタンは考えた。自分は確かに見たのだ。王座に座るソロモンを。誰もいない空間で、天使か悪魔にのみ祝福され、王冠をいただく白と赤の王の姿を……。
それに思い当って、ナタンははっと思い出すことがあった。
そうだ、ひょっとすると、このまま順調にソロモンが王についても、それはそれで預言から外れていたのではなかったか?
預言の中で、彼はいつも、一人だった。彼は、周りに祝福されての即位などはしていなかった。血みどろの空間の中、ただ一人、生き残って玉座に座っていた。
無論、そのことを忘れていたわけではなかった。むしろ、ナタンとダビデの二人はそれを意図的に外したくて、ソロモンが万が一凶行に出る前に、穏便に運命だけには添おうと、彼に早々と油を注いだのだ。
ナタンのしわくちゃの背中に冷や汗が噴出した。まさか、と。神の預言は、一片たりともはずれないのか?ここにおいてソロモンが穏便に玉座につくことがなくなった時点で、預言はまだ、続いているのだろうか?

その時だった。
「ナタン様?」と声が聞こえた。ナタンは驚いて体を震わせた。
「おどろかせして、申し訳ありません」と顔を出したのは、中年の祭司。ザドクだった。後ろには軍人の装いをした背の高い若者を連れていた。その若者の名前も、ナタンは知っている。イスラエル軍に仕える軍人の一人、ベナヤだ。若いながらもなかなかの実力者で将来が楽しみと言われている人物だった。彼はザドクに大分世話をされた恩があって、彼と親子のように仲良くしているのは有名なことだった。
「な、なんですかな、ザドクどの」
「実は……ナタンどの、ここだけの話にしておきたいのです。このベナヤが、私にだけと話してくれた話があります。ですが、この話はあと一人、貴方も聞かなくてはならない内容なのです。……ソロモン王子にまつわることですから」
「ソロモンの!?」ナタンは叫び声をあげた。ザドクに促され、ベナヤが口を開く。
「……預言者様。俺は、昨晩……信じられないものを見てしまったのです」



その晩、ヨアブは夜の街に出た。あたかも、今日アドニヤが言ったうその証言のごとくである。
いろいろあったが、これでアドニヤの王位は盤石なものとなった、とほっとして、景気づけの意味もあったのだ。アブサロムの反乱以来、ヨアブはアドニヤこそ王子と信じて生きてきた。邪魔者のソロモンが消えただけではなく、ダビデ直々の口からアドニヤを王にするとはっきりとした言葉も聞けたのだ。これで本当に、安心と言うものだ。せめて豪勢に祝わずにいられるものかと。
ヨアブは思いきって少々奮発して、高い娼婦を買った。彼女はなかなか良かった。

事のあと、ヨアブがぼんやり彼女の部屋から外を見ていると、黒人の男が二人目に留まった。彼はふと、自分達がしたうその証言に、黒人の奴隷商人、と言う言葉を使ったことを思い出し、奇遇だなと思った。
「どうしました、旦那さま。何か気になるものでも?」
「いや、あの黒人を、ちょっとな」
「彼ら?奴隷商人ですわ、ここらじゃちょっと有名な」
その言葉を聞いて、ヨアブは一瞬ぎょっとした。趣味の悪い偶然の一致だと思った。彼女はなおも話し続けた。
「まあ、よくよく人をさらうんで悪名のほうが有名なんですけれど……もう、本当に。聞いてくださいな、本当酷いんだから。ついさっきねも、男の子を一人連れて行きましたのよ。年の頃は十四歳くらいかしら?ねえ、そんな年頃の子をさらって売るなんて、酷いじゃありませんの」
その言葉を聞いて、ヨアブは追い打ちをかけられたような気分になった。男の子?十四歳?いや、まさか。自分とアドニヤは全く適当に話しをでっち上げたのだ。まさか、神が悪戯しているのでもあるまいし、と彼は思った。彼はわざと、「どんな子だったんだい?」と言った。
「ええ?なんでまた。暗かったからよくは見えなかったのですが……明かりに照らされてみた限りではね、そりゃもう、いかにも奴隷商人が好みそうな子でしたわ。髪が長くて、それを夜風にたなびかせていて。黒髪じゃなかったんですのよ。蝋燭の明かりに照らされているだけだったからはっきりは見えなかったけど、きっと金髪ね。コーカサス地方の人みたいに。色もすごく白かったもの。それでね、横顔がとても綺麗だったわ。……旦那さま、どうなさったのです?そんな青い顔をして」
ヨアブは震えていた。娼婦の言う言葉一つ一つ、ソロモンに結び付けられるような気もした。
確かに暗い中ランプのオレンジ色の光に照らされ、しかも遠目からならば、ソロモンを見たこともない人間には、彼は薄い金髪と色白の肌、程度にしか思えないだろう。ヨアブは恐る恐る、彼女に問いかけた。
「ひょ、ひょっとして、その子は黒いマントを着るか、持ってはいなかったか?」
「あら!?旦那様のお知り合いでしたの!?」娼婦は驚いた声を上げた。
「ええ、その子、黒い、長いマントを大事そうに抱きかかえていましたのよ」
ヨアブはその言葉を聞いて、がたがた震えだした。娼婦は心配そうに寄ってきて、自分に何かしらの励ましの言葉をかけてくる。大方、ヨアブが彼の家族か何かで、彼を探していたのだと思ったことだろう。
「(ソロモン……まさか……!?いや、そんなはずはない!アドニヤ様は確かに、あいつにとどめを刺したのだ!あいつは、息をしていなかった!確かに!一体なんなのだ、一体、何が起こっているのだ!?)」



一年ばかり過ぎ、それからさらに日が過ぎた。
不意に、大きな音が聞こえてくる。鍋やら何やらがひっくり返った音だ。続いて、男たちの罵声が飛ぶ。
事が起こっているのは、とある王宮の中央だった。しかし、その王宮と言うのはイスラエルではない。イスラエルの近隣の王国にしてイスラエルの属国である、アンモンの国だった。


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