クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第二十七話

イスラエルより北にあるイスラエルの属国、アンモンの王宮。その王宮の厨房で、カシャンカシャンと音が鳴り響いているのを聞きつけて、怒った顔の侍従長が早足でやってきた。
扉を開けてみれば、厨房の中では喧嘩が起こっているらしく、鍋やら銀の皿やら、調理器具やらがめちゃくちゃになっている始末だ。中心では数人の男たちが寄り集まっている。どうやらその中心に誰かがいるらしい。おそらくは、その誰かに全員が寄ってたかって、と言ったところだろう。だが、その誰かも全く無抵抗ではないようで、むしろ中心で酷く暴れているというように見える。何人かは彼に数発食らったらしく、顔に真新しい傷や痣ができていた。だからこそこのような惨状になったのだろう。調理場のように男ばかりが多いところ、それもあまり高貴な身分ではない男ばかりのところには、このようなことは必ずしも珍しい事ではない。侍従長は大きな声を上げて、彼らを制止した。
「やめんか、やかましい!」
厨房中に響き渡る侍従長の声を聴いて、頭に血の上った料理人たちは驚き、ひとまず彼らの腕を止めた。
「王の住まう王宮で何という浅はかな!一体、事の起こりはなんだというのだ!?」
年取った侍従長の厳かな、確かに怒気を含んだ声に、若い料理人の一人がおずおずと、先ほどまでの輪の中心にいた男を指さした。男とは言っても、まだ少年のような背丈である。彼はボロボロの黒いマントを庇うように抱きしめて、先ほどまで自分をいじめていた料理人たちを鋭い視線で睨みつけている。リンチを受けていただけあって、彼の体は痣だらけだ。ひどく真っ白なその身に、赤い傷や痣は鮮やかに、痛々しく映った。だが、彼らを敵意を込めて睨みつけるその視線には、一点の弱気さも見えない。その目は、彼の体を流れる血と同じように、鮮やかな赤色をしていた。
王宮には何人も仕える手前、侍従長とは言えど覚えていられる人数は限られているが、さすがに侍従長は彼の事を覚えていた。と言うよりも、覚えざるを得ない。この、人とは一線を画したような不思議な容姿をした奴隷の事は、一瞬見れば忘れられない。


彼がここに来たのは、つい先日の事であった。
厨房に人手が足りなくなり、適当な奴隷が必要だと思って奴隷市場に来た侍従長の眼に、全身を汚らしい黒いマントで包んだ一人の少年奴隷が入った。彼は品の悪そうな黒人の商人に連れられていた。
奴隷は肉体が資本である手前、男であれ女であれ裸のような格好で品定めされることが普通だ。それだというのに、全身を覆い隠した彼を不審に思い、目をとめた侍従長に、奴隷商人は目ざとく話しかけた。
「どうです、旦那。こいつはなかなか売れないんです。お安くしときますよ」
品のない話し方でそう言ってくる奴隷商人に、彼はその少年はどうしてそのような格好をしているのかと言った。奴隷商人はこう答えた。
「旦那、見れば驚きますぜ、こいつの容貌!」
彼らが言うには、この黒いマントの下には、彼が今まで見たこともないであろう容姿の少年がいるというのだ、すなわち老人のような髪の毛に、色白を通り越し、血の気の抜けたような白い肌、そしてその血の気を一点だけ集めたような赤い目を、彼は持っているという。聞くに、彼の白い肌と目は日光に耐えられず、だからいつもこのような格好をしていなくてはならないというのだ。だから男の奴隷がするような肉体労働は少し難しい、と奴隷商人は言った。彼らは、下種な口調でニヤニヤ笑いながらこう続けた。
「けどねえ、旦那。それでこいつが無能だなんて思っちゃいけませんぜ。その、ちょっとばかり気味の悪いところに目をつぶればね、あなた、そりゃあ信じられませんよ。こいつはどこの貴公子様かってくらい、綺麗な少年ですよ!どうです、その手の仕事なら容易ですぜ」
自分は厨房の奴隷を買いに来たのであって、男娼を買いに来たのではない、と強い口調で侍従長が言うと、「どうにしてもお安くしときますよ。どうです」と、彼らは悪びれずに言う。当の彼は、じっとうつむいているようだった。カリカリと音がするので何事かと思ってみてみれば、彼は爪を噛んでいるようだった。
侍従長は少し考えた。厨房なら、窓も小さいし、日の当たる場所での仕事ではない。日のもとに出られないと言うが、もとより日の当たらない場所での仕事ならば彼にもさせることができるだろう。彼は普通の男の奴隷の三分の一ほどの値段で売られていたので、そう考えれば得な買い物にもなるように思えた。
「よし、買ってやろう」と、侍従長は言った。奴隷商人はそれはもう、大喜びだった。
商人たちが侍従長の出した銀貨をはかっている間、侍従長は「言葉がわかるかね?」と、黒いマントの下の彼に問いかけた。奴隷は外国から売られてくるのも普通だから、言葉が通じないこともあるのだ。しかし、意外なことに、彼は「はい。大丈夫です」と、生まれながらのアンモン人の発音でそう言ってきた。
「おや、ずいぶん流暢だね。君はアンモン人かね」
「……そうです」
「名前は何という?」
「エディドヤと申します」彼はよどみなく言った。
「年齢は?」
「十五です」
「父親の職業は何かね?」
「羊飼いです」
侍従長が彼に関してそういくつかの質問をしている間、奴隷商人たちは値段を確認できたと見えて、どんとその少年奴隷の背中を押した。
「ああ、待て」侍従長はそう言った。「本当に、彼が言葉通りの姿をしているのか、確かめてみたいのだがね」
「いいですよ」
黒人奴隷はそう言って、彼にマントを脱ぐように言った。彼はその言葉を受けて、歪んだ留め金を外す。パサリとマントが落ちて、まさに奴隷商人の言葉通りの姿の少年が侍従長の目の前に現れた。彼は、商人の天幕の日陰のものでもまだまぶしいらしく、切れ長の目を細めていた。しかし、奥にある瞳は確かに真っ赤で、隣に立つ奴隷商人の黒とは対極的なほどに、抜けるようにその肌は白かった。しかし、また言葉通り、彼はその色を無視すれば、めったにないほど整った顔立ちをしていた。それすらも真っ白な長いまつげに縁どられた目はしっかりと左右対称で、彫は深く、鼻はまっすぐ細く立ち上がっている。唇は非常に薄かった。手の指や腕、足は非常に細長かった。女のように長く伸びた真っ白な髪が、その体にまとわりついていた。奴隷商人たちは先ほど色を無視すればと言ったが、彼を見るうちに、侍従長には、その不気味な色合いがむしろこの冷たい美貌にどことなく似合っているようにすら思えた。
不気味さと美しさの折衷したその少年を前に言葉を失う侍従長に、その少年は一つお辞儀をした。そのようなわけで、彼はアンモンの宮殿に奴隷としてやってきたわけである。


言うまでもなく、少年とは、ソロモンの事だった。彼はアドニヤに王宮を追われて以来、王宮に帰ろうとは思わなかった。むろん、具体的なこれからの計画があるわけではない。計画のとっかかりがないのだから。
だが、彼は誓った。彼自身の運命を切り開いて見せると。そのためならば、どのようなことにも耐えてみせると誓った。
彼は捨てられ目覚めてから一日と立たないうちに、自らを奴隷商人に売った。イスラエルを離れるべきだと思ったのだ。だが自分の虚弱な体で着の身着のままでは、ただ旅をしたのでは他の国につく前に野垂れ死にすることを彼はきちんと心得ていた。一番の方法は、奴隷となることだと彼は理解した。
下品な黒人の奴隷商人は、あっさりと偽名を使ったソロモンを買ったものの、彼の買い手はなかなかつかなかった。だが彼はそこまで悲観はしなかった。彼は奴隷商人の仕事を後ろから観察しながら、各地を転々とし、時期を待った。その間、彼はいろいろな国の言葉の発音を覚えた。言葉自体は知っていたものの、発音は現地に行かなくてはなかなか正確なものは覚えられない。彼は奴隷商人と各地を渡り歩く傍らそれを吸収した。
奴隷商人はもちろん、他の奴隷が売れる中延々と売れ残る彼に冷たくあたったが、彼は耐えた。彼らにとって自分は商品なのだから、いくらなんでもそこまできつく殴りつけることはないとは了承していた。彼は、時期を待った。その間、奴隷商人の命じることを彼は全く拒まなかった。奴隷として何処かに落ち着くことを目的とする以上、彼らの商品であり続けることは最優先事項である。彼はそれを不意にするほど馬鹿ではなかった。

ある日目の前にやってきたアンモンの宮廷の侍従長だという老人を見て、彼の中に何かしらひらめくものがあった。これだ。時期は来たのだ。と彼はそう感じた。
案の定、彼は、アンモン人の王宮に買われてきた。



話は、見るも無残な状態に成り果てたアンモンの宮殿の厨房に戻る。
侍従長はため息をついて、「エディドヤ」と、彼に話しかけた。
「何があったというんだ、そんなに暴れて」
「こいつがね、意地を張るんですよ!」彼が答える代わりに、料理人の一人が言った。
「こいつがいつも、この汚えマントをかぶっているもんで、ちっとはそいつを脱いで見せろって俺たちが言ったんですよ。でもこいつ、生意気なもんで、全くそれをしようともしないんで。だから俺たち、引きはがしてやったんでさ。そしたらですよ、こいつ、人が変わったようにマントを返せと怒って暴れるもんで。俺たちが思い知らせてやろうとしたって、まったく大人しくなりやがらないんでさ。マントを手放そうとはしないし」
「そのマントが恋人かい、黒と白で見事な取り合わせだ!」別の料理人がソロモンに声をかける。ソロモンはそれを無視したまま、ただ、マントをじっと握りしめていた。
侍従長は彼を見て、もう一度ため息をつく。大けがを負っていながらじっと無口に取り澄ましている彼が、本当にそこまで激怒したのかと疑わしく思えた。だが、おそらくそれが濡れ衣ではないだろうことは、痣を作った数人の顔が物語っていた。
「これは俺のものだ。俺以外の人間にどうこう言われる筋合いはない」
彼はそう周りに言い放ち、沈黙の中マントをかぶった。彼は次にそこらにおいてあった包丁を握りしめた。
一瞬侍従長は何をするのかと身構えた。周囲の人間も同様だ。だが、彼はただ近くにあった椅子に腰かけて、壺の中の野菜の皮を丁寧に剥き始めた。おそらく、侍従長がやって来て騒動が終わったのをいいことに、ちょっかいをかけられる前にしていた仕事を再開したということなのだろう。
彼のその態度に腹を立てたらしい先輩の料理人は再度「馬鹿にしやがって!」と怒声を上げたが、侍従長は見かねて「お前たち、とっとと仕事に戻れ!」と言った。だが、もう一度騒動が起こっては面倒なので、彼はそのまましばらく見張りに立つことにした。
他がしぶしぶ仕事を続ける中、エディドヤ、ことソロモンただ一人がじっと黙って仕事を続けていた。

侍従長は彼をじっと見つめる。こうしてみると、何か不思議な気持ちだ。彼は周りから、あきらかに浮いている。むろん、黒いマントを頭からかぶっているだけの理由ではない。彼は何かしら、特別なのだ。そう感じさせた。
侍従長は仕事ぶりを見守る意味もあって、ぐるりと厨房の中を一周した。ソロモンの剥いている野菜の皮は非常に薄かった。侍従長は彼に「経験があるのかね?」と聞き、彼は「はい」と言い返した。まったく、周囲の空気を気にはしていないようだった。
無口なものでてっきりおとなしくて従順な性格かと思ったが、とんでもないものを買い込んでしまったかもしれない、と侍従長は内心で思い、物言わず例の奴隷商人たちをなじった。


休憩の時間になると、ようやく侍従長も出て行った。先輩の料理人たちのうちの一人、特にがたいのいい男は、今度こそ邪魔された腹いせをしようと、「おい、さっきはよくもやってくれたな」と、ソロモンが座っていた方を見た。どさくさに紛れてソロモンに蹴りを食らったおかげで、顔に大きな赤い跡ができている男だった。怒りに任せて彼は大きく体を回す。そして、驚いた。彼はいつのまにやらさっさとその場から去っていた。
「イラつくガキだ!」
彼は行き場のない苛立ちを言葉に変えて、そう怒鳴った。


ソロモンはマントを着たまま、宮廷の中を早足で歩いていた。とりあえず今の自分が動ける範囲で目に入れられるものは全部目に入れることが必要だと彼は判断していた。
まず、無事イスラエルを離れ何処かに落ち着くという難関は乗り越えることができた。しかし、本番はこれからだ。
自分は力を身につけなくてはならない。自分の力に相応しい立場が、自分には必要だ。だが、そんなものが来るのをただのうのうと待っているような時間はない。自らの力で掴みに行かねばならない。しかし、掴むにしても、それすら何らかのとっかかりが必要だ。唯々諾々と奴隷の仕事を続けていてもそのようなものは来ない。チャンスは自分から探さねば。

彼は王宮の中に誂えられた神殿に到着した。礼拝の時間ではないらしく、神官たちが暇そうにうろうろしている。アンモン人の神はモロク神と言って、人身牛頭の偶像神だ。
彼は宮殿の外から、じっとそれを見つめる。なるほど、異国の神殿と言うのはユダヤのものとは雰囲気も何もかも違うと思った。ユダヤの神殿にはない金ぴかのシンバルや笛、太鼓などの楽器が所狭しと、人身牛頭のブロンズ像を中心とした祈りの場の周囲に置かれている。
彼は、神官たちに怪しまれることを考えてその場を離れ、次に王の大広間に向かった。

アンモン人の国でも王は裁きをするようで、それを見ようと野次馬が集まっている。ソロモンも、その中に紛れ込んだ。
アンモン王は人のよさそうな初老の男で、ダビデより少し年上かと言う程度だった。今はちょうど二人の男の訴えを聞いていた。なんでもものをとった、取らないの話であった。
アンモンの法に従って彼らの訴えを裁くアンモン王を、ソロモンはじっと観察し続けた。少しのチャンスでも、逃してはなるものかという思いだった。


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