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クリスマス市のグリューワイン

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feat:Solomon 第三十話


数か月もたつ頃には、ソロモンはすっかりアンモン王のお気に入りになっていた。事実、彼は本当に料理上手だったのだ。彼は、毎日食事の時間には王の前に呼ばれるほどの扱いになっていた。
「お前が作る以外の料理など食べたくもない!」と、褒め好きのアンモン王は彼に言った。彼は「ご冗談を、私には過ぎた言葉でございます」と返した。王はそれに「何を言うものか、お前ほど腕のいい料理人はいなかったぞ」と言った。
ソロモンは王の人の良さに感謝しつつ、同時によくもここまで素直に人を褒められるものだ、と思った。彼はおそらく幸せなのだ。人を褒めたところで、足をすくわれることのない立場に今まで立ち続けていた人間なのだ。それは運のみではない。彼の人柄もまた、そうさせるのだろう。ソロモンは、それを羨ましいと思った。
「お前の父も、腕のいい料理人だったのではないか」
「いいえ。私の父は卑しい羊飼いでございました」
ソロモンは王の言葉に首を横に振ってこたえた。

もっとも、ソロモンをわりかし気にいっているのは王に限るようで、特にアンモン王女のナアマは父とは逆にソロモンの事が気に入らないようだった。彼女はどうやら、かなり意地っ張りで気位が高いらしい。
どうせ新米のつくる物なんてまずいに決まっていると言っておきながら結果的に夢中で食べたあの日の決まりの悪さを、彼女はまだ引きずっているらしい。そのおかげで、彼女は父親にソロモンが呼ばれるたびに彼を睨みつけた。むろん、ソロモンも彼女の八つ当たりにも近い怒りの感情をきちんと察知していた。そして、あの厨房の先輩たちと同様、それを特に怖いとも思わなかった。彼女は王女であるということを鼻にかけているようにソロモンには思えた。王女と言ったってたかだかイスラエルの属国の小国の王女に過ぎないくせになにをそんなに威張り散らすか、とも思ったが、すぐに彼は、彼女のその態度がむしろ小国の王女ゆえのものだということに気が付いた。彼女は王女という立場を誇りに思っている割に、アンモンと言う国の力が彼女の理想とする王女に相応しい地位を与えてくれないのだ。彼女はそれにいら立ち、誰にも攻撃的になっているのだ。彼女は事あるごとに、下郎、奴隷とうるさく、ソロモンを含め奴隷や召使いの行動に事あるごとにケチをつけ、高貴な自分と王に向かって無礼だ、と言う。だが、そうとでも言わなくては彼女は自分の身分を見失ってしまいそうなのだ。下手な王位、王権と言うのは本当に醜いものだ、とソロモンは思った。
アブサロムの暴虐も、アドニヤの凶行も、結局は王位のためだった。彼らは身分に縋り付く。ソロモンはそれらを全部否定はしない。結局は、立場あって幸せになれることも多かろう。だが彼はもう一つ、思っていることがあった。権力に相応しい器でない人物が、それにしがみつきひけらかしたとて、なんと滑稽なものだろうか、ということだ。目の前に立つこの女は、ソロモンよりもいくらも年上でありながら本当に、王女と言う肩書なしではなんの自信も持てぬらしい。ソロモンは、彼女が嫌いだった。



「陛下。大分、お顔の色がよろしいですわね」と問いかけたのはアビシャグだった。
「うむ。今日はひときわ、気分がいい。こころなしか体も、少しばかり温まったように思える」
そう言ったダビデは、確かに随分心持ちのよさそうな表情をしていた。イスラエルはのどかな昼下がりで、ダビデはアビシャグと一緒にバルコニーに出ていた。暖かい日差しとそよ風が心地よい。彼は竪琴を静かにかき鳴らしながら、ぼんやりと目の前に広がるエルサレムの街並みを眺めていた。
「今日の宴会にも、これならば出席できそうだ」
「アドニヤ殿下も喜びますわ!」アビシャグはそう言った。
ここ一年以上、ダビデは病で体調が優れないために、宴会のような騒がしい場所を好まず、従って王宮での宴会も催されなかった。だがしかし、ここ数日、ダビデは珍しく体調がよかった。冷え切っていた体にも、少しずつ暖かさが戻ってきた。ようやく病がよくなったかと、宮廷中誰もが喜んだ。ダビデも、素直に安堵した。そう言ったわけで、久しぶりに王宮で宴会をしようかと言う運びになったのだ。特にアドニヤがそれはもう乗り気だった。
彼は、指先を弦の上に走らせた。酷い時はこの指先に感覚がない状態すら数日も続いたことがあるも、今ではこのようにまた楽器の演奏のような繊細なこともできるようになっている。彼は神に感謝した。
「陛下」アビシャグが言った。「素敵な曲ですこと」
「そう思うかい。それは嬉しい」彼は何処か遠い目でそう言った。
「私も、この曲が好きだった。そしてみんな、そう言ってくれたよ。私が弾くこの曲を聴きさえすれば、悪霊も退散するとね。まだ、私がお前よりも若かったころの話だ。とても懐かしいことだ」
ダビデは、風に揺れる彼の長髪を正してそう言った。


これで満足するつもりはない。ソロモンはその日も、王の前に向かうべく自分で作った料理を台車に載せて、王の部屋に運んでいた。最近、給仕を自分にまかせてほしい、料理のに不具合がないか最後まで見届けたいと言ったらあっさりと許可をもらえたのだ。
無論、その為だけではない。確実に王と顔を合わせる機会を増やし、何かしらのチャンスを見逃さないためである。
彼が王の食事室の扉を開けると、いつも通り王女のナアマが化粧を濃く塗った瞼の中の眼だけを動かしてじろりと彼を睨んだ。ソロモンは、マントをとって彼女に恭しくお辞儀をし、夕食と言う旨を告げた。マントは、日光がつらいという体質のことを話したら、王の間に向かって歩く間だけはつけていてもいいという許可をもらったのである。
普段通り、アンモン王は能天気な態度で食事にありつくかと思っていた。しかし、彼の顔が少々、浮かなさそうな色が見て取れた。ソロモンはそれを目ざとく見つけた。
彼は、食事をしている間も不安そうなアンモン王に、「申し訳ございません。お口に会いませんでしたでしょうか」と、静かに語りかけた。
「いや、そのようなことはないのだ。エディドヤ。相変わらず、うまいとも」
「それはそれは……ではなぜ、そのような暗いお顔をしていらっしゃるのですか?陛下の不幸は臣下の不幸であります」
彼は同情的な色を込めて、アンモン王を気遣っているかのような口調でそう言った。しかし、言葉自体ははっきりとしていながらも早口で、アンモン王に言葉を挟む隙を与えないかのようなものであった。彼は、一気に言い切った。
「陛下、どうぞ、苦しみをお取り除き下さい。そのためお役にたてるのであれば、不肖ながらこの私も何でも致しましょう」

一介の料理人の言う台詞ではない。ソロモンも、それは承知の上だ。しかし、ソロモンはこの機を逃すつもりはなかった。多少不自然になろうとも、料理人になりきることで来たかもしれない機会を逃すのは愚策だと思えた。それに、あしらわれたらその時だ。自分がしたことは、忠誠心の表明だ。出すぎではあっても本質として悪いものではないのだから傷もそれほど大きくはない。
アンモン王は、その言葉を受けて悩んでいる様であった。「うーん……お前に話してどうなるとも思わんのだが……」彼は渋るように言った。
「そうよ。お前、恥を知りなさい。奴隷が」
ここぞとばかりに、ナアマが割り込んできた。ソロモンは余計なことを言ってくれる、と彼女に心の中で毒づいたものの、表情は冷ややかに保った。
「お父上様はお仕事の上で悩んでいらっしゃるのよ。お前ごとき下賤な奴隷に、王の職務が負えると思って?身分をわきまえなさい。無学文盲のくせに、王の崇高な職務にちらとでも加担できると思うなんてなんと厚かましい事かしら。おおいやだ、傲慢な下郎というものは何よりも見苦しいわ」
「ナアマ、言いすぎだ。エディドヤは、私の事を思って言ってくれているのだぞ」アンモン王は言った。ナアマ自身は腹が立つが、彼の発言を自分に同情的な方に導いたことに関しては、ソロモンはナアマに感謝した。
「申し訳ございません。無礼をお許しください、王女殿下」とひざを折ったソロモンに、アンモン王は「エディドヤ」と話しかけた。
「まあ良い、話すだけでも気が楽になるものだ。愚痴に付き合え」
「はい、つつしんでそうさせていただきます」
「実はだな」
彼の次の言葉を聞いて、ソロモンは内心、歓喜に打ち震えた。この機を逃がさないで、本当によかった。まるで自分にぴったりの、絶好のチャンスではないか。まるで神が贈ってよこしたかのような。
「厄介な裁きを抱えているのだよ。それで、判決を明日までに出さなくてはいけなくてね、困っているんだ……」


日がくれたあたりの頃、エルサレムでは華やかな宴会が行われていた。ダビデも元気そうな顔で王の席に座り、その隣にはアドニヤが座していた。
「ご覧になってください、アドニヤ殿下を!」ザドクはひそひそ声でナタンに言った。ザドクとナタンとベナヤは、宴会場から出たところで、会場内を覗き込みながらひそひそ話をしていた。
「すっかり後継者だ。王の隣に堂々と座って」
「全くだ」ナタンは少し、疲れたような声で言った。眠れていないのだ。ここの所、毎日のようにベリアルが夢に出てくる。彼は何もしない。ただ、いるだけだ。なんの表情も浮かべない。存在だけだ。ただ、それが途方もなくナタンには恐ろしかった。ザドクはそれに気が付いていないかのようだった。
「ザドクさん。アドニヤ殿下は、本当にソロモン様が王位継承者だったことを知らなかったのでしょうか?」
ふと、ベナヤが口を開いた。
「そうだったはずだ」
「でも、知っている可能性もあったのではないでしょうか」彼はダビデの隣で楽しそうに笑うアドニヤをじっと見ながらそう言った。
「そう考えれば何もかも簡単です。要するにあの王子は、自分ではなく王位につくものを殺して、その座を奪ったということになります。実にわかりやすいでしょう」
「分かりやすいが」ザドクは言った。「ばらさないことには細心の注意を払ってきていたはずだがなあ。私たちは……」
「ええい、もう死んだ者のことなどどうでもいいじゃないか!」
ナタンは痺れを切らしたように言った。普段はそう怒ることもない目の前の老人が突然に出した大声に、ザドクとベナヤはびくりと驚く。
「殺したからなんだ!アドニヤは今は王位継承者なんだ!いい加減にしろ、一、二年余りも同じことをぐるぐると!ソロモンごとき、どうせ王になったとてアドニヤ以上にはなれなかったのだ!死んでよかったじゃないか!誰にも損はなかったじゃないか!これこそ神の御采配じゃないか!」
ナタンは寝不足の苛立ちも混ざって、一気にそう言った。ベナヤとザドクは慌てて「ナタン様!声が大きいですよ!」と言った。
「それにナタン様、ソロモン様をご教育し、実の両親よりもおそばにいたのは貴方様ご自身ではありませんか。いくらなんでも、貴方にそう言われてはソロモン様も可愛そうです」
「だからどうした!死人に口があるものか!」
ナタンはやけっぱちになったようにそう言っていた。彼は、あの夢の中のソロモンが思い浮かんでいた。
「それに、あれは今頃私にこういわれたとて傷つくものか。彼は私を信じていなかった。小さいころからずっとだ。ザドクどの、貴方は人格者じみたことを言うが、ためしに貴方がソロモンと子供の時からふれあってみればよかった!絶対に今のようには言えなくなったはずだ!あれは不気味だった、得体の知れない子供だった……まるでその気になれば、人を、平気で何人も殺しそうな!」
「ナタン様。俺には何もわかりません。ソロモン様と言葉を交わしたこともありませんし」半ばパニック状態にもなっているナタンに向かって、ベナヤは落ち着いて言った。
「この話はもうやめましょう。ナタン様、せっかくの宴会ですよ。俺たちも楽しみましょう」
ベナヤはそう言って、ナタンを引っ張って宴会場に中に入っていった。さすがに宴会場の人混みの中ではナタンも自然に口をつぐんだ。
ナタンは、自分の中でソロモンへの憎悪が今さら膨らんでいっているのが自覚できた。そうだ。自分はソロモンが嫌いだったのだ。見下し、軽蔑し、恐れていたのだ。ただ、自分の職務を果たすため、それを覆い隠していただけなのだ。ソロモンが死んだと聞いて、自分は、ただはっきりと、嬉しかったのだ。これであれから解放されると思えば。自分は、疲れていたのだ。それすら、ダビデと神に対する忠誠のため押し殺していただけなのだ。

ふと、心地の良い音楽が聞こえた。「ああ、踊りが始まりますよ」ザドクが言った。ナタンはふと、違和感を覚える。会場内がどよめいていた。踊り子の踊りともなれば、皆にぎやかに囃し立て、何人かの下品なものが冷やかしで口笛を吹いたりなどするものなのだが。なぜか周囲は息を飲んでいる。なんだ、このどよめきは?現れた踊り子はそれほど異常なものなのか?ナタンは興味本位に駆られ、自分も身をり出して、大広間に前に現れたそれを見つめた。
大広間にふわりとあらわれたその人物は、背が高く、全身を黒いマントで覆い隠していた。一見、狼藉ものかと思われそうなものだが、足につけた鈴がしゃらしゃらと音を立てているのを見て、踊り子ではないかと予測がされたわけだ。その人物は、大広間に真中にできたスペースで、突如現れた彼にうろたえる視線を一身に受けながら、薄く流れる音楽の中突っ立っていた。
「(ソロモン!?)」ナタンは一瞬、彼の黒いマントを見てそう思った。だが、次の瞬間、その人物はふわりと風に乗せるように、そのマントをはぎ取った。どうやら、薄い生地でできていると見えて、それは大広間の中の空気に舞った。
中から出てきた人物に、大広間の一同は一気に先ほどまでの張り詰めた雰囲気を解き、感嘆のため息を漏らした。どこの誰だか、全く誰も知らない。見たこともない踊り子だ。だが、透き通るような色白の細い体を踊り子特有のきわどいまでに薄い上衣とズボン、派手できらびやかな宝飾品の数々に身を固めたその人物は、美しかった。彼は男のようにも見えたし、女のようにも見えた。薄く、露出の多い衣装なのだから体の線ははっきりわかりそうなものの、彼の体は男のように見ればそうにも思えるし、女のようでもありさえするのだ。下品な衣装である割に、彼のたたずまいはまるで貴婦人顔負けの気高さを保っていた。美しく伸びた金髪を揺らし、彼は首をかしげて微笑んだ。彼の空色の眼が細められる。美しい。神秘的なまでに美しい。これほどにまで 美しい存在がこの世に居ようとは。大広間にいる人々はみんなそう思っていた。それはダビデと、アドニヤにとっても同じことだった。まるで、大広間に春が来たかのような感覚だった。
ナタンも、その美しさに息をのまれた。しかし、彼はふと気が付いた。なぜか、彼を見たことがある。

音楽が不意に高まった。それに合わせて彼は床に倒れていた薄いマントを取り、それをふわりと揺らす。続いて彼がステップを踏むと、鈴がシャラシャラと勢いよくなりだした。彼は、全く無言のまま体をまるで揺れる炎のようにくねらせながら踊り始めた。
不意に、それでまた大広間の空気も変わる。彼の激しくも蠱惑的な踊りに、誰しもが釘付けになった。招待客はおろか、料理を運んでいた奴隷たちまでもがだ。まるで彼らは、炎に群がる蛾のように、彼の踊りに見入っていた。
ナタンも、はっきりとそれに飲み込まれるような感覚に陥った。彼は巧みに黒いマントを操り、まるで人間業ではないかのように激しく踊った。体を捻じ曲げるかのように激しく回転し、宙を舞い、ステップを踏み、細長い腕と指を動かした。一瞬たりとも彼の動きから目を離せない。彼の踊りの勢いに目が付いて行かず、グラグラと不安定な気分にすらなる。それでも、目を離せなかった。不快感を押し殺してでも、彼の踊りを見ていたかった。
何だ、これは一体なんだというのだ?少なからぬ人間がそう思っていた。しかし、誰も何も言えなかった。他のことをする暇があるのならば、彼の踊りを見ていたのだ。
いつの間にか、大広間に人間たちの眼から、大広間の光景は見えなくなっていた。その空間にあるのは、不思議な金髪の踊り子の扇情的でもあり、激情的でもある踊りのみだった。やがて、いつのまにやら、踊り子の姿すら見えなくなった。ただただ、何もない暗闇の中目の前で炎がめらめらと、音楽と鈴の音に合わせて揺らめいているかのような感覚。炎が近づいてくる。彼らはめいめいが、そう思っていた。ああ、早く逃げなくてはこの炎に焼き殺されてしまうかもしれない。それでも、足がそこを動かない。まるで地面に吸い付いたように、離れない。炎はどんどん迫ってくる。熱風がありありと感じられる。光に目を開けていられない。しかし、目を閉じるという行為すらもはやかなわないのだ。そのうち、 彼らは、まるで最後に残された思考する事さえも、「見る」と言う行為ではないために、封印した。

と、ふと、シャランと鈴が高い音を立てると、音楽が止まった。彼らは一気に現実に引き戻された。大広間の中心では黒い塊があった。マントだ。下に、何か丸いものを隠している。
ばっと、踊り子が金髪を翻し、その下から現れ、そのまま、ダビデ王にお辞儀をした。

一気に拍手喝采が巻き起こった。まるで大広間全体が割れそうだ。
「見事だ!実に見事だ!」ダビデも、彼の踊りを絶賛した。ナタンやアビアタルも、思わず手を叩いた。
「こちらに」ダビデは驚きの色を隠せないと言ったように、彼を手招きした。彼は肌着のような踊り子の衣装しか着ていない体を黒のマントで覆い隠すと、もう一度微笑みながら恭しくお辞儀をした。
「見事なものだ」ダビデは言う。
「ありがとうござます。ダビデ王」
彼の声は高く、透き通るように大広間に響いた。大声と言うわけでもないのに、誰の耳にもはっきりと聞こえた。
「お前のような踊り子は見たことがない。いったい、どこから来たのかね」
「遠い国でございます。この場にいらっしゃる、誰もが行ったこともない、遠い国でございます」
「ふうむ、確かにお前のような容貌は、わがイスラエルには珍しい」
ダビデは言った。
「名前は何というのかね」
ナタンは、ダビデにそう言われている彼を見て、先ほど感じた既視感を思い出そうと努めていた。彼の名前を聞いて、彼はようやく思いだした。
「ベリアルと申します。私は、ベリアルです」
「そうか、ベリアルよ。素晴らしい踊りの褒美をそなたにはよこさねばなるまい。望みのものを言うがよい」
ベリアル!そうだ、ベリアルだ!あの天使だ!翼こそないが、まさに彼そのものだった。
何故彼がここに、とナタンは怯えた。ダビデは彼の怯えを知らぬまま、ベリアルを見つめていた。隣に立つアドニヤも、興奮と余韻が冷めやらないと言ったようで、ベリアルの美しい姿をじっと見つめていた。
「ダビデ王、私は何も物はいりません。と言うのも、私の国では、貴方の国のものなど何の価値もないのです。私が望むのはただ一つ、この場で、私がある言葉を言うことを許可してほしいのでございます」
「言葉とな?」
「そうですとも」
と、その時だ。
空間が、ぐらりと歪んだ。ひとりでに彼のマントがばあっと広がり、暗闇がその場に展開された。おぞましい暗闇の中、まるで彼だけが炎が燃えるように光り輝いているような感覚だ。その平衡感覚と、彼の眩しすぎる光と熱気に、人々は吐き気を覚えた。頭がぐらぐらし、立っているのも困難だった。
「(あ、あれは……?)」
ナタンは恐れた。ベリアルは歪んだ暗闇の中、とどろくような声でこう言った。

「ダビデの家に呪いあれ」


彼の言葉がおわった時、強烈な光が一瞬はじけ、暗闇は掻き消えた。そして彼自身も、ふと、溶けるように消え去ってしまったのだ。

兵隊は慌てて武器を構えた。ナタンは急いで王に駆け寄る。自分の身にあったことを話さねばと思ったからだ。
「(ああ、王よ、あれは……!)」
アドニヤもうろたえていた。「ち、父上様」と彼は言った。その時だ。ダビデは、ぐらりと王座から離れ、地面に倒れた。大広間に悲鳴が飛んだ。
「父上様、父上様!しっかりなさってください!」アドニヤは取り乱したように言った。
「寒い」ダビデは言った。アドニヤはぎょっとした。父の体が氷のようだ。最近、具合もよかったと言うのに。
「寒い、寒い……か、体が、体が、氷に代わっていくようだ。私の血が、肉が、凍り付いていくようだ……」
急いで従者たちが集まり、ダビデを運んでいく。もはや宴会どころではない。ナタンはそれに乗り遅れ、ザドクとベナヤのところに取り残された。
「どういったことでしょうか」ベナヤが、目を丸くしながら言った。
「呪いだ、ソロモンの呪いだ」ナタンは言った。「ソロモンが、ソロモンが私たちを呪っているのだ!彼は、自分を見捨てたイスラエルを恨んでいるんだ!」
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