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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第三十二話


「それでは、右の者の訴えを是とする。左の者は直ちに、右の者に賠償を払うがよい」
日の光が強く差し込むアンモン宮殿の大広間に、アンモン王の厳かな声が響く。だが、口調は厳かであっても、その中には確かな機嫌の良さが見て取れた。


「エディドヤよ、お前が来てから、裁きで困ることがない!」
アンモン王はにこにこして、昼食を運んできたソロモンにそう言った。ソロモンは「おほめに預かり光栄です。陛下」と、笑顔を作って見せた。

ソロモンは、アンモン王が困っていた裁判の判決を、あっさりと出してしまった。それにあたって彼は、アンモンの法律を全部見せてくれと言った。
文字も読めない奴隷が何を言う、と、ナアマをはじめ何人かが言ったが、彼はパラパラと流し読みのような速度でアンモンの法律をすっかり頭に入れてしまったのだ。その上で彼は、王に判決の助言をした。
そのようなことがあってから、ソロモンはほとんど王の顧問のようになった。王は厄介な裁きが出てくるたびに、ソロモンに助言を求める。むろん、今までにいた王宮の臣下がそれに不満を示さないはずはなかったが、結局彼らも黙るしかなかった。確かに、ソロモンは有能なのだ。彼らは彼の能力の前に屈服せざるを得なかった。ソロモンを馬鹿にしていた厨房の奴隷たちなど、もはや最近では絡んですら来ない。彼に少しでも下手なことを言えば、それこそもう王にどのような仕打ちを受けるかどうかわからない。

ソロモンが王の顧問の立場になってから、また長く時間が経過していた。
「エディドヤよ、ことにお前、知っているか?イスラエルの王が、もうひと月も病に倒れているそうだ」
アンモン王はその時、なんの意図もなく、ただの世間話のつもりでそれを切り出したのだろう。彼はソロモンの正体を知らないのだから。だが、ソロモンはその言葉にはっと一瞬反応した。
「(ダビデが……倒れている?ここひと月も?)」
「どうした?エディドヤ」
「いえ。イスラエルのダビデ王と言えば、武勇で知られた王ですから、病に倒れるなどと言うのは少々想像ができなくて……」
ソロモンは何とか間髪をいれずにそう返した。そのおかげで、アンモン王はさほど彼の態度を不審には思わなかったようだ。
「そうではあるが、あの王ももう六十を超えておるからなあ。アンモンからも何か、見舞いをよこさねばなるまい。イスラエルは宗主国だからなあ」
ソロモンはその言葉に相槌を打ちつつ、考えた。ダビデが倒れている。自分が国を出たときは、ダビデの病はそうひどくはなかった。だがアンモン王の口ぶりから察するに、本当に今は起き上がることすら困難な容体であるらしい。イスラエルを出てもう二年以上の時間がたつ。それほど立てば、病状が悪化しても確かに不自然ではないかもしれない。
ゴミ捨て場に打ち捨てられた身分からここまで来るのに、二年とすこしでは十分すぎるほど早いが、ともかくも彼は為した。アンモン王は完全に自分を信頼しきっている。次の段階に移るには十分だ。そろそろ、イスラエルに帰る準備を進める頃かもしれない。

「エディドヤよ、お前、ことに」とアンモン王が口を開いた。
「顧問の仕事に専念してもよいのだぞ?まだ料理を作り続けてなどおらず」
「ご冗談を。私は料理人でございます」ソロモンは穏やかな口調でそう言った。「たまたま顧問の才があったものの、私の当初よりの仕事は陛下と王女殿下の食事を作ることでございます」
「ふうむ、お前はなぜここまで多才なのか。……もっと言うのなら、なぜお前のような男が奴隷の身になったのか。私は不思議だ」アンモン王はそう言った。
「まあ、それならそれでも良い。私も、お前以外の作るものなどまずくて食えん。そうだろう、ナアマ?」
話をふられたナアマは、ぶすっとした表情を慌てたものに変え、返答に戸惑っていた。「は……はい、お父様」と言ったが、彼女はしっかりとソロモンのほうを、父に褒められたからと調子に乗るなと釘をさすような視線で睨みつけることも忘れなかった。
「お前のような奴隷を持てて、私は幸せだ」
「私も陛下に仕えられることを幸福に思います」ソロモンは、控えめに微笑んでそう言った。


「お前」
昼がすんで自由な時間ができ、宮廷の庭の花園にいたソロモンに声をかけた人物がいた。女性の声だった。咎めるような口調から、誰なのかはわかる。ナアマだ。後ろには護衛も引き連れている。
ソロモンは丁寧なお辞儀とともに「これは、王女殿下。ごきげんようございます」と言った。
「わざとらしい挨拶は結構よ。花園なんかにいて、女々しい事ね」
「よく言われます」
「王女の前でマントなんかかぶって、無礼とは思わないの」
「は。王女殿下のおっしゃることももっともでございます。申し訳ございません」
「おとり。王女の命令よ」
威張り散らす彼女に、ソロモンは内心で、当然のように苛立ちを覚える。何が王女の命令だ。厨房の奴隷と何も違わないじゃないか。
「申し訳ありません。王女殿下。お許しくださいませ。私は体質上、太陽の光には弱いのです」
「だからどうしたの。そのことくらいで王女の命令は覆せないわよ」
「(もはや何を言っているんだ、この女!)」
ソロモンは不愉快さを押し殺そうと努めた。なんとか彼は穏やかな口調で「大変お言葉となりますが、王女殿下。私のマントをとらない権利は、国王陛下にご許可を賜ったものです」と言った。
立場が上の王のお墨付きを、彼女も知らないはずがない。だって、その許可は彼女の見ている前でアンモン王から受け取ったものなのだから。その言葉を聞くと、ナアマはあからさまな舌打ちをして「まあ、いいわ。許してあげる。ありがたく思いなさい、奴隷が」と言った。
「お慈悲を賜り、光栄です。王女殿下」
「今日はそのことを言いに来たのではないから」
ナアマはふんぞり返ってソロモンに向かって言った。
「今日はお前に忠告をしに来たのよ。お前はどうも、自分が奴隷だということを忘れているようだから」
彼女は明らかに敵意、もっと言ってしまえば嫉妬に満ちた目でソロモンを見ていた。
「いいこと?お前がどれだけ顧問の才があろうと、料理がうまかろうと、お前は奴隷なのよ。私たち王族には、一生かかってもたどり着けない下賤な存在。わかって?お前が羊飼いの父のもとで羊の糞まみれの藁にまみれて仕事していた頃、私はすでに王宮で教養を受けていたの。その意味が、お前みたいな下郎に分かるかしら?まあ、分からないかもしれないわね。つまり、私はこう言いたいのよ。お父様に信頼されているかって、思い上がらないことね。お前は奴隷であって、それ以上の存在ではないのよ。お前は道具なのよ」
言葉こそ辛辣だが、中身のない、ただの罵り言葉にすぎない。しかも、彼女は同じことを何度も繰り返し続けた。途中で聞くのにも飽き飽きしてくるほどだ。
結局、この王女はただ自分に嫉妬しているだけなのだ、とソロモンには分かった。自分よりも父に信頼されている男が嫌なのだ。王家の人間よりもあからさまに能力では上回った奴隷が存在することが、絶対に許せないのだ。王家は全てにおいて優れているという彼女の理想を崩す存在を認めたくないのだ。だから、言葉で屈服させようとしてくるのだ。
かといって、ソロモンは彼女など少しも怖いとは思えなかった。あわれにすら見えてくるほどだ。彼女にはダビデのように有無を言わさない圧倒的な人望と実力もない。アブサロムのように強引に人をひきつけ事を進める魅力もなければ、アドニヤのように狡猾に立ち回り相手を意のままにする賢さもない。女としての価値にしたって、バテシバやアビシャグの足元にも及ばない。彼女がただ王女と言う立場に必死ですがって、とくに優れているわけでもない言葉の暴力を振りかざすわけだ。アドニヤに愛されていなかったと知った時あれほどショックだったのに、この女に道具と言われて心は波の一つもたたない。愛されたいと思わせる魅力すら、この女にはないのだ。
だがしかし、この場で彼女の心象を悪くしておくのは得策ではないとソロモンは考えた。彼は言わせるだけ、言わせておいた。
「いいこと?私は王女、お前は奴隷。全てにおいて私が優れているのは当然の事よ」
「は、仰せのとおりでございます。王女殿下」
ついに彼女の言葉もネタが尽きたか、そのような何の捻りもない本当にただの暴言になってきたあたりで、彼女もようやく興が冷めたか、すたすたとその場を去って行ってしまった。

ソロモンは、よっぽどその場でため息の一つでもつきたかった。だが、難癖の道具を増やすのはよくはない。彼は、本来やろうと思っていたことをすすめた。誰もいない花園で、彼は花を摘んだ。
いや、正確には花ではない。もう花弁は散っているのだから。ついこの間散ったものばかりだ。花弁の散った芥子を、彼は刃物で切り取った。


次の日の夕食で、ソロモンはまた何食わぬ顔でアンモン王とナアマの前に夕食を運んできた。それを何の疑いもなく食べるアンモン王を見て、ソロモンは本当に、この王が人を信頼しやすいことに感謝した。
彼はまた、薬を作ったのだ。一日がかりで作った。計画を新しく進めるために。もはや、誰も彼の行動に口を挟むことはできなくなっていたのだから、今度こそ彼は白昼堂々厨房でそれを作った。他の者は大方、調味料でも作っているのだと思っていたことだろう。王の食事に混ぜたそれはおよそ一週間ばかりもすれば、効果があらわれるはずだ。
敵意を持ってこちらを睨みつけるナアマすら、自分の考えには気が付いていない。非常に滑稽なことだとソロモンは思わざるを得なかった。

「エディドヤ」
ある夜、アンモン王はそう言った。その日も彼は、薬入りの食事をそれとは知らずに食べていた。
「どうかしましたか」
「今日もお前のおかげで事件が片付いた。お前は本当にできる奴だ」
もう、そんな褒め言葉に一喜一憂する段階でもないのだが、と思いつつ、ソロモンはいつも通りそれに慎み深く喜んで見せた。
「エディドヤ。本当に、お前は何者なのだ。お前はなぜ、奴隷だったのだ」
「すべては神の定める運命のままに起こってしまったことなのでございます。陛下」
彼はそう言って、話したくないと言った風に目を伏せた。アンモン王はそれを見てか、ありがたくもその話をやめにしてくれた。一応嘘の話も考えておいたのだが、とソロモンは少しだけ肩透かしを食らったような気分だった。
「どんな大臣より、お前が賢い。お前のようなものが、私の息子だったらなあ……アンモン王を継いでくれたらなあ……」
息子をモロク神のため火にくべてしまって以来息子のいない、後継ぎに悩むアンモン王は、そう、ため息をつくように呟いた。ソロモンはそれを聞いて、少し皮肉な気分になり、「私のような奴隷にはもったいないお言葉にございます。陛下。ですが、ありがとうございます」と言った。少々、本音も混ざっていたような気もした。

ちょうど一週間後、部屋で休んでいたアンモン王は、突然倒れた。



夜のイスラエル王宮で、ベナヤは蝋燭をともしながら歩いていた。意味はない。ただ、何もすることがなかったのだ。不思議と眠れなかった。
ハギトの葬式も終わった。息子であるアドニヤは喪に服しつつ、王の仕事をこなしている。王が病気で倒れたと言うだけでも大変なのに、王位継承者たるアドニヤの母が死んだというのは、王宮中が驚いた。だがしかし、犯人ははっきり出なかった。ハギトもよく敵を作るタイプであったし誰もが怪しかったが、うやむやのままに終わってしまったのだ。
ダビデはずっと寝たまま動きもしない。心なしか、寝込んでから、一気に十年も二十年も老けてしまったように、ベナヤには感じられた。ナタンは相変わらず取りつくしまもありはしない。
大祭司のアビアタルはただ王を同じような言葉で励ますだけだった。ベナヤの上司でもあるヨアブは、もとからとっつきにくいところはあったが、最近ではさらに心を閉ざしてしまったように思える。
あの日、ハギトが死んだ前の日に何があったかと言うのはベナヤの耳にも届いてきた。バテシバがおよそ正気を失ったようになって、ハギトと取っ組み合いのけんかをしたというのだ。それがハギトの死に原因がある気はするが、かといってどうという証拠もなかった。ベナヤは黙っておいた。
ベナヤの心には、疑惑の念が渦巻いていた。彼には、アドニヤが周りが言うほどの理想の王子とは今一つ思えないところがあった。当然と言えば当然である。彼は、アドニヤがソロモンを誅殺するところを唯一目撃した人間なのだから。
「(罪のなさそうな顔をしていても、あれは、自分の政敵を暗殺するような王子だった)」彼はぼそりと思った。
「(ソロモン……ソロモンがこの事態を起こしているって?ナタン様はそう言っていた。ダビデの家をめちゃくちゃにして、全員殺すと)」
ベナヤはぼんやり考えながら、歩いていた。ふと、彼の眼に異質なものが映った。まっすぐ見据えてみれば、人影だった。しかも、ただの人影ではない。真っ暗な中で、ぼうっと光って浮かび上がっている!
ベナヤは腰を抜かしそうになった。まさか幽霊か、と彼は思い、腰に刺した剣を急いで抜いた。しかし、落ち着いてみれば、光っているその人物には見覚えがあった。踊り子の衣装こそ着ていないものの、彼は、見間違いもなくベリアルだった。
「貴様!」ベナヤは威圧するような声で、剣を向けて言った。
「よくもぬけぬけとイスラエル王宮に姿をあらわせたものだな、ダビデの敵、忌まわしき魔術師よ!無事で帰れると思うな、国王陛下を元に戻し、イスラエルに平穏を取り戻せ!」
そういう彼を見て、ベリアルは挑発的な表情で浮かべてくすくすと笑った。そして、軽やかに、跳ねるような足取りでその場を逃げ出した。
「待て!」ベナヤも、負けじと追いかける。彼は発光したままで、王宮の廊下すら明るく照らし出していたので、追いかけることは非常に容易であった。それどころか彼は、どこかベナヤをおちょくるように、わざとゆっくり走っているようにすら見えた。
ベナヤがいよいよ彼を捕まえようとした頃、彼はその美しい顔をベナヤに向けて、にいっと笑った。
「何がおかしい!」と、ベナヤは言おうと思った。しかし、それは言えなかった。ベリアルはあの日と同じく、すっとその姿を消してしまい、後には蝋燭の光だけが残った。
突然闇の空間に戻されたベナヤの耳に、なにやら異質な音が響いた。夢中で追いかけていて気が付かなかったが、よくろうそくの明かりで見てみれば、ここはアドニヤの部屋の前だ。アドニヤの部屋から、異常な音が聞こえてくる。男と女の声だ。
その声を、彼は聞き分けることができた。そして、恐ろしさに彼は身震いした。まさか、そんなはずは……と。
なぜか、鍵はかかっていなかった。ベナヤは頭が真っ白になって、そっと、扉を開けた。

ベッドの中で、男と女が睦み合っていた。一人は部屋の主であるアドニヤ、そしてもう一人は、バテシバだった。たった数日前に、アドニヤの養母になったはずの女だ。
バテシバは彼にすがるように、必死で彼の体を求めていた。彼はそれに答えていた。弟を生んだ女、今は自分の母になった女を、彼は当たり前のように抱いていた。

ベナヤの体全体に鳥肌が立った。彼は戸を閉め、足音を消してその場から走り去った。
何と言うことだ!狂気そのものだ。母の喪も明けないうちから、彼は女、それも、新しく自分の母となった女と寝ているというのか。なんという不貞、なんという淫乱だ!これが、理想の王子なのか。これが、今は亡きハギトが完璧とうたい自慢していた息子の本性か!

ベナヤは凄まじい恐怖を感じた。ソロモンのせいか、ベリアルのせいかなど知らない。イスラエル王宮の人間はとにかく、並々ならぬ狂気に取りつかれてしまったかのようだ!ダビデもそうだし、ナタンもそうだ。そして、ハギトもそうだった。そして今、アドニヤとバテシバがそうだった。
ベナヤは自分の体を抱いた。この狂気の始まりを知るのは、自分だけだ!アドニヤとヨアブの蛮行も、アドニヤとバテシバの不貞も、自分だけが目撃した。自分が今一番、イスラエルがいかに狂気に犯されているかを知っているのだ。
ベナヤはそこまで頭のまわる男ではなかった。ではどうやって王宮を救うか、そのような考えは彼の頭からはわいてこなかった。ただ、彼は、突発的ともいえるほど、強烈な義憤に駆られた。
イスラエル王家をこのままにしてはおけない。自分は、これをどうにか終わらせる義務があるのだ。アドニヤの本性を、白日の下にさらさねばならない。彼は一度そう思うと、もう止まらなかった。
だが、どうやって?自分のような下っ端軍人が喚いたところで、まともに聞いてもらえるとは思えない。彼はふと、ソロモンの裁判を思い出した。そうだ。証拠だ。あの時壺に残っていた金貨のように、証拠があれば何とかなる……。
そうだ!と彼はひらめいた。あの日、アドニヤは確かに、ソロモンから赤い指輪を奪っていた。そのことをザドクに話すと、彼はそれを、ダビデが彼によこした王権の指輪だということを明かしてくれた。
アドニヤが王権の指輪をはめているのを見たことはない。だが、もしもそれを捨てずにとってあるのであれば……それが、アドニヤがソロモンを襲ったという証拠になるではないか。
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