クリスマス市のグリューワイン

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預言者ナタンの懺悔 二話



やがて月日は過ぎ、ある日イスラエルに、ダビデの時代でもあったかどうかと言うほどの華やかな行列がやってまいりました。事前に受け取っていた知らせから、それがなんであるかは無論のこと私どもにはわかっておりました。シバの女王の率いる行列です。
エルサレムの民は皆、生まれて初めて見るほどのその華やかな行列に見とれておりました。宮廷の者も、少なからず窓からその様子に見とれておりました。シバの国、アフリカにある異国の国のものなど、見る機会はそうそうないのですから無理からぬ話ではありました。当のソロモンは、静かに玉座から降りて、国賓を自ら出迎えるため宮廷の前に誂えた椅子に向かって歩きだしました。私も後ろにつきました。

にぎやかな行列はまっすぐイスラエル王宮に向かい、やがて彼らのうちの先頭が到着しました。行商隊の提督がソロモンに恭しい挨拶をしたのち、金糸で燃え盛る太陽の模様を織り込んだ赤いじゅうたんが敷かれ、その上に若い女奴隷が薫り高い花を撒き散らしました。そしてやがて、その上を静かな歩き方で、迷いなく歩いてくる姿がありました。まっすぐにソロモン王を見据えるその異国の少女こそ、シバの女王、その名をマケダと言いました。
その場の雰囲気を、私は今でも忘れるはずがありません。いや、私以外のだれでも、忘れられたはずはないのです。シバの女王マケダは、私たちの想像していた弱く、たよりのなさそうな少女とは似ても似つかぬものでした。
彼女はつつましやかなイスラエルの娘のように、その頭をスカーフで覆うことはしていませんでした。ふわふわとした豊かな黒髪はまるでやわらかい雲のように、それに飾ってある花飾りと宝石を包み込んでおりました。背は流石に少年ほどではなくとも、同年代の少女の事を考えればすらりと高く、背筋をまるで男がするように伸ばして、威厳と知性を思わせる堂々とした態度でありました。アフリカの太陽の国から着たに相応しく黒く日に焼けた肌を、イスラエルの色白の娘は笑うこともできたとも思いますが、誰ひとりそのような感情は持っていなかったはずです。彼女の肌は、黒くともその場にいたどの娘よりも美しいものと映っておりましたから。ぱっちりと開いたその瞳は、宝石よりも光り輝いておりました。そしてその顔のつくりを思い出すたび……私の心には、憎悪の念が湧き上がってまいります。彼女は、美しかったのです。たった十七の小娘でありながら、私が生涯に見たどの女よりも、彼女は美しいと感じました。そう……言うのならば、彼女の美しさに匹敵しうるものは、この世では、ソロモンだけである。あの時、私はそう思ったのです。
王宮の前庭に立つ者共は、祭司も護衛兵も野次馬も、皆彼女のその美貌に圧倒されて、惚れ惚れとしてさえおりました。たかだかつい最近王座に就いたばかりの少女とは思えぬほど、彼女に子供じみたあか抜けなさはまるでなく、高貴な女性の魅力を彼女は持ち合わせていたのです。目の前に現れたそれに、イスラエルの男どもが胸をときめかそうとも、不自然ではないでしょう。神よ、貴方が我らを、そのようにお創りになったからです。
しかしただ一人、その中で例外がありました。ソロモンです。彼は彼女を目の前にしても、全く平生のまま、理性的な笑みを浮かべて彼女と向かい合っておりました。私はそれを見て、何か妙に、安堵するものがあったのです。その理由がなんなのか、その時の私にはわからずじまいでした。
彼女はソロモンの前にたどりつくと、一国の王が一国の王に取るものとして最上に敬意を払った礼をしながら、「お目にかかれて光栄ですわ。イスラエル王、ソロモン様」と、完璧なヘブライ語で告げました。
「シバ王国女王、マケダと申します」
「お顔をお上げください。マケダ女王様。遠い異国よりの旅、本当にお疲れ様でした。私も、貴女と会えたことをうれしく思います」
ソロモンとマケダはそう、挨拶を交わしました。行列の後ろの方が到着し、シバからの贈り物が次々と王宮の前庭に広げられていきました。ソロモンはそれに、丁重な感謝の言葉を告げました。
「これ程までの贈り物は、父の治世にも見たことがない」彼は言いました。マケダはそれに対して、静かに上品な微笑みを持って返しました。
「どうぞ、旅の疲れをお癒し下さい。貴女の到着を祝い、今宵は盛大な宴を開きましょう」ソロモンは彼女に言いました。「お心遣いに感謝いたしますわ」と言い、彼女はもう一度、ソロモンに礼をしました。

その夜の晩餐で、ソロモンの隣に座ったマケダは、彼と楽しげに話しておりました。私はソロモンの教育者として、彼の近くに座っていたのでそれがよく分かりました。
「ソロモン王様。貴方は大変、賢いお方と伺いましたわ。一つ、そのお知恵を試させてもらってもよろしいこと?」彼女はふと、不敵な笑みを浮かべて彼に言いました。ソロモンはそれに、同じような笑みを返して「良いですとも。どのような方法で?」と返しました。
「謎かけでも致しましょう。知恵のみをただ単純に測るには、一番良い方法ですから」
「理にかなっている。それでは、どうぞ」
彼女は少し考え、言いました。
「嵐の海で船乗りを助け、富豪はそれを誇り、貧者はそれを恥じ、鳥はそれを喜び、魚はそれを恐れるものは、なんだと思われますか?」
ソロモンはそれを聞いてにやりと笑い、返答しました。
「亜麻は、船の帆になりますし、富豪の贅沢な服にもなれば貧者のボロ服にもなりますし、鳥の餌にも魚取りの網にもなりますな」
「正解ですわ!」マケダはパッと明るい表情で、すぐに答えを導き出したソロモンに笑いかけました。私は、そんなものソロモンなら答えられて当然だ、と言う思いで二人を見ていました。二人は私のことなど全く意に介していないようでしたが。
「今度は私からもよろしいですか」ソロモンは彼女に言いました。
「ええ、勿論」
「……この場に、イスラエルの女が布で作った薔薇が九十九輪と、神が地から出でさせた薔薇が一輪あるとしましょう。貴女はそれらに触れることも嗅ぐこともなく、どうやって神の作った一輪を見極めますか?」
「私なら」彼女はすぐさま言いました。「一匹の蜜蜂の手を借りますわ。彼女は女王に蜜を与えるため、すぐさま真なる一輪を探し出してくれましょう」
「お見事だ!」彼は言いました。
「ソロモン王様、貴方は確かに、噂通りのお知恵があると見えますわ」
「それはこちらの台詞です。マケダ女王様、貴女もなんと、賢いお方であることか。私は貴女と言う客を向かえ入れられたことを、本当に主に感謝いたしましょう」
そう言って、彼ら二人は笑いあいました。
彼らの会話は続きましたが、その会話は十七の少年少女がよくするような、下らぬものではなかったことをよく覚えております。マケダは貴方が何にも勝る英知をお授けになったソロモンには及ばねど、確かに非常に知的な少女でした。ソロモンの話す話に彼女もすっかりついてきていたので、いつの間にやら周りに控える我々大人たちが彼らに舌を巻いてしまいました。
私はふと、ソロモンの表情を見ました。そして、ちくりと心が痛みました。私は彼の父親よりも長い間彼の傍にいたというのに、あそこまで楽しそうな表情を、見たことがないのでした。
彼と彼女は結局随分と馬が合ったと見えて、会うたびに我々を放っておいて、我々では追い付けない会話に花を咲かせるようになりました。


シバの女王の到着から数日した日の事でした。ソロモンはいつもの通り、王の果たすべき務めとして、人民の裁判に臨んだのです。ただ、例外が一つありました。彼の玉座の左側に、ちょこんと美しい椅子が誂えてありました。シバの女王のたっての頼みで、裁判に同席させてほしいということだったのです。裁きの場に女性が立つなど、ダビデの治世にはなかったことですので私は反対しました。しかし、ソロモンは「彼女は僕の知恵を見たいと言っている。そのために来たことは、僕達も知っているはずだ。ならば、見せてやるのも道理だろう」と言いました。ならば他の人民と同様立って見るのが当然だと、私はよっぽど言いたかったほどです。しかし、曲りなりとも彼女は女王の身、いくらなんでもそれを言葉にはできませんでした。
私は普段通りに王の右側に立ちながら、酷い不快感に襲われておりました。この異国のあどけない小娘に、神聖なるイスラエルの伝統が歪まされるとは。一度、耐え切れずに嫌悪の眼でマケダをそっと睨みつけました。ですが彼女は目の前で行われる裁きに集中しているのか、全くそれに気づくことはありませんでした。私はかえって、それを腹立たしく思いました。
裁きが進む中、私の心の不快感を不意にこみ上げたものがやってきました。進み出たものは、女が二人と赤ん坊が一人。そして、女はスカーフをかぶっておらず、代わりに派手すぎて安っぽい宝石を身に着けておりました。その風体が示す通り、彼女は売春婦だったのです。
売春婦!女の中でももっとも汚れた存在が王の前に進み出、厚かましくも裁きを請うことに私はいよいよ腹を立てました。もとからシバの娘がそこに同席していることへの不快感も相まって、私はついに「陛下」と口出しをしました。
「この者達の裁きは、執り行う必要などありません。彼女たちは、売春婦です」
ソロモン王はそれを聞いて、ピクリと反応しました。「陛下!」と、発言を許されたけでもないのに、一人の売春婦が勝手に口を開き、耳障りな高い声でわめきました。
「お願いです、お慈悲を!私の赤ん坊が、奪われたのです!」
「陛下、彼女らは姦淫の女です。汚れた存在です」私は言いました。「貴方のごとき清廉なお方が相手にするものではありません。立ち去れ、売女ども!裁きの場はお前たちのためにはない!」
女たちはなおもわめきました。ソロモンは困っておりました。その時です。
「それはおかしいですわ。預言者様。売春婦もまた、人間であり、母よ。母が子を失ったというのなら、悲しみも憎しみもするし、訴えたくなるのは当然だわ」
王の左隣に腰かけたマケダが、口を開いたのでした。私の不快感が一気にこみ上げたのは、言うまでもありません。私はソロモンを挟んで、彼女と口論しました。
「異邦人は黙っていてもらおうか!お前の国ではどうか知らんが、イスラエルの国では姦淫は律法に背く罪なのだ!」
「ええ、そうでしょうね。でも、それがどうしたの?今まで歩み出てきた訴え人が、誰ひとり、一つの罪も犯さなかったという証拠は、どこにあって?」
「女はただでさえ汚れているのだ、さらに堕ちた女など、裁く価値もない!」
「貴方が女をどう見ているかは関係ないわ。訴え人はイスラエルの人民であり、子を失ったことを嘆く母親よ。裁きを受ける権利はあるわ」
彼女はやはり、女をちやほやする民族の者です。女は男よりも劣っているということを全くわきまえていないと見えて、ずけずけと私に次から次に反論してきました。私はさらに頭に血が上りました。しかし、その次です。私の血はさっと引けました。
「黙るんだ、ナタン。僕は、彼女の言い分を正論と認める。売春婦であれどイスラエルの民であり、確かに僕には彼女らの裁判をする義務がある」と、ソロモンが言ったからです。
もう、私は何も言えず、ただ縮こまってしまうしかなかったのでした。しかし、私は内心では、マケダを非常に憎々しく思いました。


その夜の晩餐の事でした、ソロモンとマケダは、その裁判のことを話しておりました。むろん、裁判は神よ、貴方がソロモンにお与えになった知恵のおかげで、滞りなく解決しました。ですが、ソロモンは、ことをそれだけにはとどめなかったのです。彼は晩餐の席で、彼女に感謝の言葉を述べました。
「マケダ、ありがとうございます」と、ソロモンは彼女の顔をしっかりと見て言いました。「あれが解決できたのは、貴女のおかげでした」
「そんな。貴方様のお知恵あっての事ですわ」
「いえ……貴女が、売春婦であれど母であり、子への愛情を持つものだ、と言ってくれればこそ、私は公平な裁きを下すことができたのです。ひょっとすれば、裁きを放棄していたかもしれなかった。……やはり、違う価値観を持つ相手に触れることは必要ですね。今日は勉強になりましたよ。私が男尊女卑のイスラエル社会の中で、いかに知らず知らずのうち偏見の心を持ち女を不当に軽んじているか、知ることができました」
その言葉が私にはっきりと聞こえてきたのです。私は、心臓がどきりと跳ね上がりました。明らかに私のことを話しているではありませんか。
それにしても、これはいけない。ソロモンが、あの賢い、神の道にかなった子が女性を重んずるというばかげた異国の風習に、心を惑わされている。私はその時、そう感じたのです。
「マケダ。貴方は私の話を勉強になると言ってよく聞いてくれますが」ソロモンはカップの中の葡萄酒の水面を揺らして、言いました。「私の方もあなたからもいろいろと教わりたい、と思いましたよ。構いませんか」
「ええ、つつしんでそうさせていただきますわ」彼女はにこりと明るく笑い、それを快諾しました。
私はめまいがしました。何物よりも賢いと私が崇めていたソロモンが、異国の小娘風情にそんなへりくだったことを言っているのを聞いて、です。彼にはイスラエルの教えだけで十分なのです。そう私は思ったのです。彼女に、彼を汚されてしまうような思いでした。よっぽど、唸り声をあげて彼らの間に入って、ソロモンを異国の女から引きはがしたい気分でした。しかし、いくらなんでも宴会の席で、どうしてそのようなことができましょう。私はそれを断念しました。

それから先、彼はよくよく、彼女の口からシバの話を聞きました。女性を重んじ、血統をないがしろにする、ばかげた国の話をです。
シバの国では、女性しか王になれないばかりか、その女王は絶対に未婚の処女でなくてはならないというのです。なぜならば女王は彼らの崇める太陽を唯一夫とする存在であるから、らしいのです。ですから無論、女王の娘が女王を継ぐということでもないらしいのです。シバには王家などなく、有るのはただ、女王だけらしいのです。また、女王の国に相応しく、臣民たちの間でも、女性の方が上位なのがシバと言う国らしいのでした。我々イスラエルでは女性はつつましやかに家にいる者ですが、シバの国では能力次第で女性も男がするような仕事をし、スカーフなど被らずに出歩くというのです。ありえない、なんといかがわしい事でしょう。きっとかのソドムもこのようなものだったのだ。私は聞きながら、そう身震いしました。女性なんぞを重んじているからシバは小国なのだ、と茶々を入れたくもなりました。
「女性側から離婚を申し立てる権利もありますわ。それに、乱暴者の夫は厳しく罰せよという法律もありますの」
「ふうむ……面白い。イスラエルでは、そのようなものはありませんからね」
しかし、私の心を最も波立たせたのは、そんなおぞましい話に相応な反応をしないソロモンだったのです。彼は本気で興味深そうに、それを聞いていました。
「いずれ私も、シバの国に行ってみたいものです」
「ぜひおいでください。貴方様がなさってくれたように、手厚く歓迎いたしますわ」
私はその言葉を忘れたくて、酒に強いわけでもないのに一気に葡萄酒を飲み干しました。

……ああ。主よ、申し訳ありません。ずいぶんと、感情的になってしまいました。
彼女に関する何もかもについて、思い出しても、全く怒りが収まっておりません。罪深いことです。私は、彼女に憎まれど、彼女を憎む権利などはないというのに。私の罪は、それほど根強いのです。お許しください。私はよく覚えております。感情のあまり、私はソロモンまでを馬鹿にしてしまった。今にして思えば、ソロモンの対応の方が立派ですし、また、それは非常に彼らしかったと思います。彼は自分の知らぬものを素直に認め、知ろうとする気概のある人物でした。
しかし主よ、そのような日々、耐え難い嫌悪感に襲われながら、私の心を一つ快楽にくすぐるものがあったのです。話に熱中するあまり、ほんのりと頬を上気させたソロモンの表情が、私には、安らぎを与えるほど美しく思えました。

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