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クリスマス市のグリューワイン

預言者ナタンの懺悔 四話

いよいよ翌朝に彼女が国を立つという夜、晩餐の前に、私は彼女を待ち伏せしておりました。彼女は私を見て、挨拶こそしましたがあまり面白くなさそうな様子でした。当然でしょう。彼女も私の無礼なまでの敵意を感じ取っていたのです。
「お別れには少し早いですが、イスラエルにはお世話になりましたわ」彼女はそう言いました。私は、感情を殺すように、彼女に言いました。
「シバの女王よ。貴女のような下賤な国の者から離れられることを、私はたいそう喜ばしく思いますな」
私はわざと、度を越して無礼な言葉を彼女に浴びせかけました。彼女を挑発するためです。彼女は、まんまとそれに乗り、不快感もあらわに、そのソロモンを魅了した瞳で私を睨みつけました。私はさらに、言葉を浴びせました。
「所詮、貴女は異教徒だ。乞食や盗人にも劣る存在だ」
「……ずいぶんなお言葉ですこと」
彼女が言葉を持って私に返答したことに、私は内心でほくそ笑みました。
「おや、違うのですか。貴女は盗人ではないと?」
「私がいつ、イスラエルのものをとりまして?あんまりと言えばあんまりな言い方ですわ、預言者様」
「今とらずとも、これからとるかもしれませんな。何にせよ、盗人と言うのは最後まで油断がならん」
「私が尊敬すべきイスラエルの王の物を盗むなど、ありえないことです!」
「ほう、それは本当ですか」
私はいかにもわざとらしく、大げさな笑顔を作りました。そして、彼女に言い放ちました。一番、言うべきだった台詞です。
「私は、貴女が物をとらないなど、信じられませんね。そこまでほらを吹くのなら、イスラエルのものを何か一つでも不当に取ったなら、我々、真実の神の民たるイスラエルに口答えする権利はなくなるという覚悟をお持ちでしょうな。高慢な女王よ」
最上級に侮蔑の心を込めて、私はそう言いました。彼女はいわれのない敵意に臆するほど臆病な女でなかったのを、私はよく知っておりました。男を男と言う理由のみで敬うしとやかなイスラエルの娘ならば、そうもしたでしょう。しかし、彼女のそうでないところが、ソロモンをきっと引き付けたのですから。
「ええ。誓って差し上げますとも。シバの女王の名にかけて」
彼女も、私に最低限の礼儀を払うことすらやめて、私を見下しにかかりました。私はそれを聞いて、去ってゆきました。

宴会の場で、私はいつもの通りソロモンのそばにおりました。マケダは私の存在が気に食わないようでしたが、最後まで、例のことをソロモンに告げ口することなどありませんでした。彼女のプライドがそうさせたのでしょう。
彼らはいつも通り、二人きりで話し込みました。「ソロモン」彼女は、言いました。
「私は真実、この目で見るまで、これほどあなたの国と貴方自身が素晴らしいとは、思っておりませんでしたわ」
彼女は葡萄酒に浮かされたように、そう言いました。私はわざと、奴隷に、彼女には葡萄酒のみをやってあまり水をやらないように指示しておりました。
「貴方の事績、貴方の知恵……遠い国で聞いてきたものと、同じどころかそれ以上だった。実際に、こうして目に見るまで、私はそれに半信半疑だったというのに。……ソロモン、イスラエルの王。貴方のおそばに居て、貴方の言葉を聞ける貴方の臣民は……なんて、幸せなのでしょう」
その言葉は甘く、穏やかで、まるで詩の調べのようでした。そしてそれを語る彼女の顔は、非常に切なく、愛らしくあったものです。彼女をここまで憎悪する私ですら、そう思えるのですから、そうでないはずがありませんでした。
それはおそらく、彼女の本音そのものなのでしょう。ソロモンのそばに居られることが、何よりも幸せであると、彼女は言ったのです。それは賢王を尊敬する女王の言葉でもあり、目の前の少年に恋する少女の言葉でもありました。
「ありがとう、マケダ」ソロモンは彼女にそう言いました。
「僕も、貴女に礼を言いたい。僕が生きてきた中で、貴女ほど素晴らしい人物はいなかった。貴女は理知的で、心優しい。貴女の治める国、シバの民は、きっとこれから、幸せに生きられることでしょう。シバを良くお治め下さい。僕は……このイスラエルで、貴女と貴女の国が祝福に満たされることをずっと願っております」
彼はそう言いました。最後まで、イスラエルに残ってほしい、自分のそばにとどまってくれ、とは、言いませんでした。
「(しかし、もう心配はない)」私は思いました。「(私が全て、してさしあげるのですから)」

宴も終わりに近づきました。もう明日の出発も早い事ですし、マケダはすっくと立ち上がって、ソロモンに何か語りかけようとしました。
しかし、うまい別れの言葉も、さすがに出なかったのでしょう。彼女は一言「お休みなさいませ、ソロモン」と言ったきりでした。

侍女に連れられ去っていく彼女の姿を、ソロモンはじっと名残惜しそうに見ていました。その時です。私は懐に隠してあった薬を、さっと飲み物のカップに注ぎ入れました。そして、それとなく彼に渡したのです。
彼は無言でをそれを取り、飲み干しました。つらそうに、ため息をつきました。「陛下」私は、彼に、非常に優しく言いました。
「陛下もお休みください。もう、夜も遅くなっております」
「うん……そうだな」
彼の顔は火照り、目はぼうっとしていました。……どこか、少女のようでもある、艶っぽい表情に思えました。私は心の中に再び、何らかの感情が立つのを感じました。私の胸が異常なほどにざわめいたのです。どくりどくりと早鐘を打ち始めました。ソロモンのその表情に、私は妙な興奮を覚えたのです。
彼はフラフラと立ち上がり、自分の寝室に歩き始めました。護衛兵たちが後をついていこうとしましたが、彼は「一人にしてくれ」と言うのみでした。


私は急いで、さっさと目的の場所に向かいました。衛兵をごまかし向かった先は、マケダのいる迎賓館の部屋に付属している中庭でした。近づくたびに、庭からパチャパチャと水音がしました。私は、恐ろしいほど口角が吊り上るのが解りました。
私はそっと物陰から様子をうかがいました。満月の光に照らされて、私には、マケダが庭の噴水の水を必死で飲んでいる光景が見えました。
イスラエルの料理はただでさえ刺激が強くて、喉が渇きやすいものです。その上、水ではなく酒ばかり出されていては、相当喉が渇くのも当然でしょう。その上私は奴隷女に、マケダの部屋の水差しを空にするように仕向けておいたのです。
夢中で噴水の水を飲み続ける彼女の前に、私は静かに歩み出ました。マケダは私の気配に気が付き、驚いた声をあげました。客に配慮して男は絶対にここに入れぬ決まりとなっていたのですから、当然です。
「なぜ、ここにいるのですか!」
「何故でもよろしい。それよりも、シバの女王よ。貴女はやはり、とんだ盗人でしたな」
私に言われた言葉に目を白黒させるマケダに、私はこう畳み掛けました。
「この乾いた国、イスラエルで水がいかに大切なものかは、貴女もよくご存じのはずだ」
それを聞いて、彼女ははっと口をつぐみました。彼女も気が付いたのでしょう。彼女のしていたことは、確かにイスラエルのものを盗むことだったということに。
自分は盗みなどしない、女王の言葉に二言はないと言ったのは彼女自身です。茫然と立ち尽くす彼女の手を、私は強引に引きました。
「貴女は言った、もう、貴女が私どもに対して口答えし、権利を主張することはないと、貴女自身がその立場にかけておっしゃったのだ」
「わ、私は……」
彼女自身とて、何かおかしいことに感づいたのでしょう。ひょっとすれば私が仕組んだということも、すでに気づかれていたかもしれません。しかし彼女の誇りは、許しを請うことを許さなかったのでしょう。
「こちらに来なさい」私は強迫するように彼女を引きました。宮廷を熟知する私は、誰にも気づかれることなく、マケダを目的の場所まで連れて行くことができました。その場所と言うのは、ソロモンの部屋でした。
私は彼女を、あらんかぎりの憎しみを込めて睨みつけました。
何か言ってやりたくもありましたが、彼女は何か言うにも憎たらしすぎる相手でした。私はノック一つせず、彼女を、彼の部屋に放り込みました。

おそらく、彼女は最初戸惑ったことでしょう。最初のうち、部屋からは扉越しにも聞こえるような声は聞こえてきませんでした。しかしほどなくして、マケダの悲鳴が聞こえました。
当然と言えば当然です。この私が、ソロモンに飲ませたのですから。理性を吹き飛ばし人間を欲望のみにしてしまうほどの、強力な催淫剤を。
理性が彼の望みを阻害するというのなら、それをはぎ取ってやればいいのです。彼女は、ソロモンのものです。いもしない太陽の神のものなどではありません。もしもマケダが真に彼の妻だというのならば、地平線から舞い戻り、一瞬でソロモンも、この私をも焼き払ってしまえばよいというのに、彼女の夫は西の地の底で呑気に眠ったまま、来ることもしなかったのですから。
叫ぶような抵抗する声が徐々にかすれ、泣くような声に変わりました。それに加えて、はあはあと荒い息遣いが聞こえるような思いでした。私は部屋の前を立ち去れなかったのです。立ち去れなかったどころか、確かに私は、その部屋で行われていることの音を聞いて、今までの人生で一度も感じたことがないほどに、興奮していたのです。
私は、自分のものが熱くなるのを感じました。自分はもうヨボヨボに老いた身で、そのようなことが起こるはずもないと思っておりましたものを。私は、それに手を添えました。部屋の中から、音が聞こえてまいります。その中で行われていることが、私の脳内にありありと思い浮かぶような思いでした。神よ、お許しください。その時、私は完全に、悪魔の差し出す快楽にその身をゆだねました。私は興奮に身を任せ、その身を突き動かしました。誰もいないソロモンの部屋の前で私は一人、絶頂の快楽に老爺の体を蝕ませ、果てたのです。

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