クリスマス市のグリューワイン

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預言者ナタンの懺悔 五話


その次の日、予定通りにシバ人共は自分たちの国に帰っていきました。私はあの後、すごすごと自分の家に帰り、無断で何日も、王宮に出ないままでした。王の顔を見るのが、怖いような思いだったのです。王からは不思議と、何も言ってきませんでした。
家に籠っている間、私は、幾度となく、あの夜聞こえてきた音の事を思い出し、あの時、ソロモンの部屋の前で行ったのと同じ行為にふけりました、。不思議なもので、私はすっかり年老いていたはずなのに、まるで若者に戻ったようであったのです。
しかし、いつまでもそうはしていられませんでした。それから何日もした頃、王から、王宮に来いとの達しが、私の息子を経由して入りました。私の息子の一人も祭司であり、王と親しい中だったのです。私にそれを言う息子は、痛ましい表情をしておりました。


私は、王の執務室に通されました。ソロモンは、私と二人きりで話をしたいと言っていたのです。私は何度も立ち入ったことのある執務室に、その足を進めました。
部屋の中に座っている少年を見て、私は背筋が凍りました。彼の美しい緑色の眼は、地獄に行って帰ってきでもしたかのように、絶望そのものの色に染まっていたからです。
「ナタン。僕は聞いた。お前の息子で、僕の友たるザブドから」彼は、何の前置きもなく、抑揚に欠けた言葉で、そう言いました。
「お前は、あの日の前に、何か薬をもらっていたそうだな」
その言葉を聞き、私ははっとしました。ばれていない。そのはずだったのです。何日間も、私は、まさかばれているなどとは露ほども考えませんでした。しかし、私は私の息子の事を忘れていたのです。今にして思えば、彼は、父の異常を私が思っている以上に見抜いていたのではないでしょうか。起こったことと、私が薬を買ったことを即座に結び付けるのは、いささか難しい事であったはずです。しかし、父の異常は彼にとって、十分結びつける手がかりになったのでしょう。それのみならず、息子は薬屋から、薬の内容までを聞き出していたようなのでした。
ソロモンはそれを聞いて、全てを悟ったのでしょう。理性高きはずの自分の体が度を越した欲望に犯された原因を。私は彼に、いつでもそれを仕込むことはできたのですから。
彼の視線がきっと、私を睨みつけました。それ以上、なんの問い詰めの言葉もいらなければ、弁解の言葉はおろか、罪を認める発言さえも必要はなかったのです。私はただ、ソロモンの前に、視線を合わせ、彼は「何故だ」と、震える声で私に言いました。
「なぜ、このようなことをした」
「王よ」
私は素直に、自分の思惑を話そうと思い立ちました。今思い出して恐ろしい事ですが、あの時、私に一切の罪悪感はなかったのです。私の言葉を思い返してみても、そうとしか思えません。
「私が、貴方を愛するあまりです」
彼は、それにピクリと眉根をこわばらせました。
「愛していた?僕を?」
「そうですとも。貴方以上に、私が貴方を愛していたまでの事です。貴方は、マケダを愛していらした。しかし、その愛を成就させることを、貴方は拒み、貴方自身を傷つけた。ですから、私が貴方を痛めつける貴方に代わり、貴方を愛し、その思いをかなえた、それだけの話です」
次の瞬間、私は起こったことが信じられませんでした。年老いて軽くなった私の体が、執務室の壁に強くたたきつけられたのです。視線を上げると、ソロモンが私を殴りつけたのだということがわかりました。
ソロモンは争いごとを好まぬたちでした。彼が誰かに暴力をふるったことなど、私は見たこともありません。彼の政敵ですら、手を下したのは私どもで、彼自身は最後までナイフ一本彼らに向けることはなかったのです。
にもかかわらず、ソロモンは私の体を殴りつけました。彼は、倒れた私によって、重々しい言葉で私に「そんなわけが、あるものか」と告げました、そして、はっきりわかりました。彼は泣いていました。怒りながら、泣いているのでした。
「お前が僕を愛していた?僕のために、これを行った?……ナタン、お前は僕を愛したのじゃない、汚したのじゃないか!……何よりも、彼女と、僕の間にあった愛は清らかだった。それで……僕たちは満足していたのに」
彼は私を力づくで押さえつけ、まくしたてました。
「けだものか虫がするような愛が、僕たちになぜ必要だった?ナタン、お前はよく言った。僕は賢いと。ああ、僕は賢い。そして彼女も、賢かった。僕たちが理性と知性に恵まれた存在なら、どうして理性のみで愛することができないなど、あり得るだろう?……僕たちの間に、肉体などいらなかった。精神のみで、僕たちは愛し合っていたのだ。体を結べぬのならば、それでもいい。彼女は、それにふさわしい存在だった。太陽に誓った永遠の処女、永遠に純粋たるべき存在だもの。そして、僕もそれにふさわしかった。無知なものが体を持って行う行為を、僕たちは全て、知性と精神を持って行っていただけだ……それを、お前が壊したんだ。お前に僕の気持ちがわかるのか!朝になって、理性がこの身に戻ってきたときの、僕の気持ちを!あの汚れない彼女に自分が何をしたか、分かってしまった時の僕の気持ちを!」
彼は私の胸ぐらをつかみ、そう言っていました。悲しみと怒りが入り交ざり、激情としか言いようのない感情に、ソロモンは身を置いていました。
「……彼女は、何も言わなかったんだ。僕を、責めもしなかった。許しもしなかった。ただ……ただ、一言、『帰ります、さようなら』とだけ言って……僕のところから、去っていってしまったのだ。永遠に。お前にわかるか。僕の手を離れて朝日に照らされた彼女を見て、僕がどのような思いになったのか、お前にわかるのか」
彼はもう一発、私を殴りました。それだけでなく、何発も何発も、殴りました、私はそれに、苦痛を、なぜか感じませんでした。苦痛どころか私はむしろ、それに快感を覚えていたのです。ソロモンに殴り殺されるのならばそれもまた本望と思えてきました。
彼は最後に、こう言いました。
「ナタン。強いてお前が誰かを愛していたというのなら……お前はお前を愛していたのだ。家に帰れ!もう二度と、王宮に顔を出さぬがいい!お前の顔など、一生見たくもない!」


私はその後、家に帰って初めて、自分のしたことが何もかも、分かったのでした。自分が今まで、いかに誘惑のため盲目となっていたのかを悟りました。
ソロモンは私に「私が愛していたのは私自身だ」と言いました。そう……何のことはありませんでした、全ては、その言葉に尽きたのです。ソロモンの愛をかなえてあげたい。そのように私が思っていたことは、すべてただの絵空事だったのでした。私が私を欺いていただけだったのです。
ソロモンは最初から、マケダと非理性的な方法で愛し合うことなど、望んでいなかったのです。冷静に考えれば、分かったはずでした。彼らの間にあるのは、極端に汚れない純愛であり、彼らは、それをするに足るほどの理性を持ち合わせていたのですから。私は、それを確かに崩したのです。ソロモンが心底愛したシバの女王との結びつきを、私は永遠に断ってしまったのです。彼が激怒するのは、当然の事でした。
私はただ、私のために、あの事を行ったのだと、私はようやく分かったのでした。そうです。私はなぜ、マケダを犯すソロモンに、ああも興奮したのでしょうか。簡単なことです。私の行動はただ、私がソロモンを汚したかったゆえのものなのです。私には、彼らほどの理性はありませんでした。理性の愛と言うものを、彼らほどには信じられなかったからこそ、私はマケダに嫉妬していたのです。彼女に、イスラエルに輝く純朴な美少年、ソロモンを汚されてしまうかもしれないとあり得もしないことを思い、私は彼女を憎悪していたにすぎないと、私はその時悟りました。私はソロモンと言いう美少年に欲情を抱いていたにすぎないのです。それはおそらく、即位式の頃からだったのでしょう。
マケダに汚されてしまうなら、私がソロモンを汚してしまいたいと思ったのです。精神のみで愛し合えるほど高潔な彼を、理性を失い女性を犯すけだものじみた存在へと貶めてしまったことに、私はあの時、興奮していたのです。私は彼を犯したかったのです。


彼の言葉通り、私はそれ以降、王宮から追われました、私はずっと家にて、たまに息子が心配そうに様子を見に来ました。
ソロモンはあの後しばらくふさぎ込んでいたということですが、ひと月もするころには、元のように王の仕事を順調にこなすようになりました。

ソロモンが結婚するということを聞いたのは、その時から一年ばかりしてからでした。行商隊の噂を聞くことには、マケダはあの後、国でソロモンの子供を産み落としたということです。処女しか女王になることを許されぬ国で、彼女がどうなったのか、行商隊のうわさはそこまで私に教えてはくれませんでした。ですがソロモンはそのことを聞き、急に、結婚をすると言い出したと言うのです。彼が選んだのは、エジプトの王女でした。エジプトは大国です。国の結びつきのため、最も力あるものを彼は選んだにすぎないということは明らかでした。
はるばるやってきたエジプトの王女は、不美人と言う言葉が実に似合いました。マケダとはとても比べ物になりません。しかしソロモンは、彼女を迎え入れ婚姻の準備を整えました。その間、私はずっと自宅にいて、ソロモン自身の顔は見なかったのです。
しかし、婚姻の前の晩、私はふと、例の薬の残りを持って、王宮に向かいました。

夜の王宮で、私は勝手知ったように、ソロモンの寝室に入りました。衛兵をごまかすなどたやすいものでした。私は寝ている彼に、静かに、あの薬を飲ませました。ほどなくして、彼は体の火照りのために、寝てもいられなくなりました。
私が何をしたか。言うもおぞましい事と思います。しかし、私は懺悔いたします。私は彼の前で、女となったのです。女がするように、私は、彼に抱かれました。そのように、彼の体を仕向けたのです。私自身が汚した彼の身を、私は、その身を持ってどんな女よりも先に味わったのです。
悪魔は人間に快感をよこすものと、私はその時、はっきりわかりました。私の人生の中で、それ以上の快楽はなかったのです。私は長い人生のうちいつよりも、その瞬間、満たされておりました。

ああ、神よ。以上が、私の、何物よりも、大きな罪でございます。私は、道理に外れた情欲にその身を焦がしたばかりか、罪もない少女を侮辱し憎み、彼女の人生をズタズタに引き裂き、そして、何より愛した少年の純粋な思いを土足で踏みにじって、彼の心身両方に消えない傷を刻み付けたのです。


薬が効き目を失ったころ、彼は私を見ました。そして、笑ったのです。何もかも、捨て鉢になったように、狂ったような笑いを彼はしました。
「ナタン、もう良い。僕はお前を許そう」彼は言いました。
「僕に、お前が汚れているなど、責める権利はどこにもないもの。僕も汚れているのだ。この世で何物よりも清らかな存在を、僕はこの身で汚してしまったんだもの」
その時、私は、私が惚れた少年は死んだのだということを悟りました。おそらく、それは彼自身が殺したのでしょう。もう二度と私が、それに会うことがないように。ソロモンも、全てをわかっていたのです。彼は、賢い子でありました。


ソロモンが美しくもないエジプトの姫を妃に迎えたころから、私も王宮に帰ることを許されました。彼はわざと私に、時たま挑発するような視線と態度を投げかけました。そして、それに興奮してあらぬ姿になる私を何度もあざ笑いました。


やがて、私は死の床に就きました。ソロモンの治世は七年になり、あのマケダが来たころにはまだ作りかけだった貴方様に捧げる神殿も完成間近となったころでした。
年齢も年齢ですので、みんな私を大往生と言い、私に最後の別れをしようとしてきました。しかし、ソロモンだけは、ついぞ今の瞬間まで、私のもとに現れません。当然です。私は彼に、それほどの事をしたのですから。
神よ、私には見えます。ソロモンの破滅が。彼は何もかもにやけになって、今に貴方の道を外れるでしょう。あの日夢枕に貴方を見たように、神を感じることなど彼にはもはやできぬでしょう。そして、おそらく、私がいなければ彼がそうなることなど、ありえなかったのです。彼から理性と純朴な心をはぎ取ったのは、この私です。


主よ、イスラエルの神よ。この途方もなく罪深い、悪魔に魅入られた男を、どうぞ罰して下さい。貴方の愛するイスラエルの罪が、少しでも清められますように。そして願わくば、ソロモンが狂気に身を染めるまでの時間を、少しでも、長くしてください。
ああ、気が遠くなる。主よ、私はもうおしまいです。
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