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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第四十一話


「遠路はるばると、ようこそおいてくださいました、ティルス王、ヒラム殿」
ソロモンはそう恭しく、目の前に立った初老の男に礼をした。
異国風と言うにふさわしい模様を刻み込んだ王冠をいただいたその男、ヒラムは「こちらこそ」とソロモンに頭を下げる。今日は、イスラエル王ソロモンが即位して四年目の日である。
「いつ来ても、イスラエルは繁栄しておりますな」
「父が私に残してくれたものですから」
「何をお言いか。ダビデ王も偉大だったが、貴方はその若さで、父の残した国を弱めさせないばかりかどんどん力を強めておられる。私の王子どもにも見習わせたいほどですよ。頼りのない世継ぎばかりでね」
「はっはっは、名だたる貿易国、ティルスの王にそうおっしゃられるとは光栄ですね。礼を申します」
ソロモンはごく友好的に、彼と言葉を交わした。ヒラム王もニコニコ笑っている。ヒラム王は自分のために誂えられた椅子に座り、ソロモンも自分の椅子に腰かけた。
「懐かしいものですな。もう、四年にもなるのか。貴方はたったの一八歳だった」
「ええ。ヒラム王」
「今となっては、貴方の事をまだ年端もいかぬ若造と見くびっていた自分が信じられませんな。いや、貴方は確かに神にお知恵を授けられた存在だった。この四年間の年月がまさにそれを物語っている」
「おほめに預かり、光栄です。私も、貴方から多く学ばせていただいているところはございます」
「世の中にはあなたのような存在が居るものですね」
ヒラム王の賛美の言葉を聞きながら、ソロモンはつくづく感慨深く思う。たった四年だ。たった四年のうちに、豊かな国ティルスの王すらこのように、祝いの宴会に来るばかりか自分の事を手放いでほめちぎるようになった。
あれほど忌み嫌われた自分の姿かたち、白い体と赤い目すら、今ではむしろ人民の間では神憑りの象徴とまことしやかに言われているらしいことをソロモンは知っていた。神に愛されたソロモンは、人ならざる神に近しいものとしての姿で生を受けたのだと。全く物はいいようだ。ソロモンは心底、そう思う。
結局、自分に対する侮辱には全て絶対性などなかったのだ。自分が偉大になればすぐにもかき消えてしまうものだったのだ。まるで、あの母や兄たちのように。自分は形無きくだらないものに長年苦しめられ続け、虐げられ、一度はそれに屈してすらいたのだ。彼らも、それとは知らずに自分達こそ絶対だとばかりにソロモンを侮辱していたのだ。そしてたどったのは、惨めで哀れな末路だ。

「ソロモン王よ。実は、手紙の方でも述べましたが」
ヒラム王がふと、新しい話題を口にしだした。ソロモンも彼の方を向き直し、「はい、私に職人を下さるという旨ですね」と聞き返す。
「はい。ヒラム・アビフです。……奇遇にも、私と同じ名前ですよ。ヒラムというのは、ティルスには実によくある名前ですね」
「イスラエルにも似たような名前はたくさんありますからな。……そちらのヒラムを、今日私に下さるのですか」
「は。必ずや、貴方様の神殿建設のお役にたつことであることは私が請け負います。彼は、ティルスにおいても様々な建造物を見事に打ちたてました。ティルス一の技師です。……それを、今日、実はもう連れてきているのです」
「それはそれはありがたい!」ソロモンは明るい声で言った。「もしも差支えなければ、ぜひとも会いたいものです」
ヒラムはその言葉を聞いて、一瞬怯んだ。ソロモンがそのことについて怪訝に思ってると、彼はぼそぼそと言う。
「貴方様がそうおっしゃるのであれば、すぐにでも。……ですが、ソロモン王よ。一つ無礼をお願いできませんでしょうか」
「なんでしょう?」
ヒラム王は渋るような表情で、ソロモンに行った。
「少々変わり者の男でして。王宮に来ようとはせず、来るなりその、貴方様の神殿が作られているモリヤ山の方に、私たちを振り切っていってしまったのです。ですから、その、今私の従者が探しておりますから、その時まで待ってはいただけませんでしょうか」

ソロモンはその言葉に、不審そうに数回瞬きをした。ティルス一の職人と言えど、貢物のような形で来たも同じだ。それだというのに、自分で勝手に行動をとってしまったというのか。もしも本当にそうなら、確かにとんだ身の程知らずだ。言葉にするのがはばかられるのも普通だ。
「ああ!ソロモン王よ、どうぞ、お怒りにはならないでください。彼の技術については、本当に保証いたします。建築のみならず石細工も青銅細工も、万能と言ってもいい腕の持ち主なのです。いうなれば天才とでも申しましょうか……」
「いいえ。ヒラム王よ。私は別に怒ってなどおりません。どうぞ、お心をお沈め下さい」ソロモンは焦ってそう言いかえす。事実、別に憤りなど感じてもいない。むしろ、そこまでとは確かに変人だし、いっそ興味の対象だ。ソロモンは急に、そのヒラムとやらにどうしても会ってみたいという思いに駆られた。天才、と言う言葉を聞けばなおさらだ。彼はあることを思いつき、言葉に出した。
「探す必要などはありません。ちょうど私も彼らの働きぶりを視察する必要もある。これよりモリヤ山に向かいましょう。ヒラム王よ、よければあなたの従者も私に同伴し、その男を探していただきたい。構いませんかね?」
ヒラム王はその言葉にほっとしたのか、「え、ええ、それはもちろん」と言った後、「いや・・・・・でも、本当に、出向くほどの事も」とあわてて言い足す。しかし、もう時は遅く、ソロモンはモリヤ山に向かう馬車を用意させていた。


「王妃様!」侍女の声が、ナアマの耳に突き刺さる。
今日は重要な宴会だから身の支度を早く整えねばならないと言っているのに、ナアマがまるっくりやろうともしないからだ。
ナアマは面倒臭そうに侍女の方を振り返り「身支度ならしないわよ。今日の宴会には出ないから」と侍女に言った。
「お加減でも」
「悪くないわ。私は全く健康」
「では」
「出たくないったらでたくないの!あの人だって、それをとくに気にすることもないでしょう。居てもいなくても、あの人には何の関係もない……そのはずよ。……出ておいき、私は一人になりたいのよ!」
ナアマの剣幕に押されて、侍女も彼女の部屋を出て言った。後宮にある個室が、今、ソロモンの妻たるナアマに与えられた部屋だった。
ナアマは髪をふり乱して寝台に突っ伏す。窓の外からは続々と人が集まっ来ているのが分かった。奥津物音が聞こえてくるからだ。彼女は深くため息をついて、その音すらわずらわしいと思った。だって、彼らは全員ソロモンを祝うために来ているのだから。ソロモンが即位して四年。夫のめでたい日になぜ妻であるあなたが喜ばないのか、と誰もかれもが自分に話しかけてきているかのようだ。
「(喜べるわけなんかないじゃない!あの男の事なんて!)」
ナアマはやるせない気持ちをまぎらわせたい思いで、器に入った葡萄酒をまだ昼間だというのに飲み干した。アルコールの感覚がすとんと体中に染み渡り、体を焼いていく。
夫と妻。それだけの結びつきだ。その文字の上でしか、彼の自分の間に結び付いたものはないとナアマは感じていた。
この四年間、故郷であるアンモンを離れて、彼女はイスラエル王妃としてイスラエルで暮らすことになった。父はソロモンの言葉通り無事治ったらしく、今は元気で手紙などをよこしてくる。今日の祝いにも、絶対に使者を送っているはずだ。
ソロモンは奴隷だったはずだ。そう信じていた。自分より絶対に格下の存在だと。それだというのに、彼は自分の国よりも各上、イスラエルの王位を生まれながらに次ぐものだった。そして、その手腕は言うに及ばずだった。彼は完璧に、王としてイスラエル人たちの前に君臨した。もう、前のように馬鹿に出来る存在ではない。自分は能力でも身の上でも、ソロモンに勝るところは一つもないのだ。
のみならず、ソロモンは彼女に対する嫌悪を隠そうともしなかった。アンモンにいたころからそうだったが、イスラエル王になってからはなおさらだ。一応夫婦の営みはある。月に一回あるかないかだが。ソロモンは全くきまぐれに後宮に来ては、さっさと済ませてさっさといなくなってしまうのだ。その理由は、いくら彼女にでも分かる。アンモンで散々ナアマが彼を侮辱したことを根に持っているのと、彼が無能な彼女を見下しているからだ。
ソロモンは少したりとも、ナアマのプライドが幅を利かせることを許さなかった。
ナアマは無論そのことにやけになり、夫を侮辱してやろうと思い立った。彼女は今日のように、王妃として果たすべき義務を放棄する。だが、ソロモンはそれに関して何も言わない。言わないどころか、意に介そうともしない。まるで、彼女をいないもののように扱い、逆に彼女を侮辱したのだ。

「(あんな男、あんな男!)」ナアマは寝台をバンバンと叩く。彼女はソロモンを憎んだ。王女たる自分のプライドを台無しにし、自分に対する愛など、持ち合わせてもいない。彼は正真正銘、自分の計画を遂行するための段階の一つとして自分と結婚して、あとは離婚をするのも面倒な上世間体に響くので自分を養っているにすぎないのだ。
ざっと一年半ほど前、今は亡きダビデの正妻だったミカルが病で死んだ。王の正妻などと言う立場は飾りだけ、王の子を産むこともなく、王に愛されもせず誰に敬われるでもなく、さびしい死を遂げたのだ。ナアマは、どこか、それが自分の未来のようにも思えた。
どうしてこうも、曲りなりとも自分の妻である存在に対して彼は冷たいのか。ナアマはイスラエルに来たころから思っていた。ソロモンは普通ではない。あれは狂人だ。「(狂人には、狂人なりのものを与えてやらねばならないわ……!だって、私は生まれながらの王女なのですもの。そうよ、そうよ、私はあいつより優れているのよ。そうであったはずなのよ。その私を。こんな……こんな、道具のように扱って)」彼女は寝台に顔をうずめながら、そう思った。この四年間思い続けていたことだ。寝台に涙が染み込むのがよく分かった。
「(絶対に、あいつを悔しがらせてやるわ……自分が劣った存在だと、思い知らせてやるわ。あの高い鼻っ柱をへし折ってやる。きっと、きっとよ。たとえ世界のすべてが貴方を敬おうとも、私だけは忘れるものですか。貴方が血も涙もない狂人にすぎないということを)」


職人たちの声と工具の激しい音が飛び交い、そして、大量の人夫たちが入れ代わり立ち代わり資材を運ぶモリヤ山の真ん中で、ソロモンとヒラム王を乗せた馬車は走っていた。ヒラム王は結局、自分自身が職人ヒラム・アビフを探すことを買って出たのである。
多くの人間たちがせわしなく動き、彼らをまとめる役人たちはソロモンの馬車に気が付いたか恭しく挨拶をする。そんな中、ヒラム王が「あっ!馬車を止めてくれ!」と御者に言った。御者はその言葉を聞いて、すぐに馬を止める。ヒラム王は馬車の外を指さして「あの男です」と言った。
そこは、柱の彫刻をやっている場所だった。一心不乱の彫り物をしている彫り物職人のそばに、じっと立って手つきを眺めている男がいた。
彼は背が高かった。ベナヤより高いかもしれない、とソロモンは思った。赤銅色の肌は筋肉がよくついていた。短く刈り込んだ髪も日に焼けたような色をしている。彼はじっと、睨み見つけるような視線で周囲を見ていた。
「ヒラム・アビフ!」ヒラム王は馬車から降りて、彼の名前を呼んだ。彼の鋭い視線がヒラム王とソロモンのほうに向けられた。
彼は少し戸惑ったように、ヒラム王のもとに寄ってくる。その背中に背負った荷物は小さく、大きな定規とコンパスがのぞいていた。その二つしか入っていないようにも見えた。その職業に相応しく飾り気のない質素な服を着ていたが、唯一、異様なものがあった。彼の左手の小指には彼のその姿には不釣り合いなほど高価そうな指輪がはめてあった。真鍮の台に、驚くほど真黒な黒曜石の玉をはめ込んであった。
「どこに行っていた!勝手な行動は慎め!」ヒラム王は声を荒げて彼をそう注意した。そして、ソロモンに「こちらが、それです」と彼を紹介した。
ソロモンはじっと彼に向かい合う。こうして真正面に来てみれば、彼の視線は一層鋭かった。彼は例もせずに、ソロモンをその目でじっと見つめていた。
「へぇ、噂は本当だったのか」ヒラム・アビフはぼそりとヘブライ語で言った。「なるほど、こんな真っ白な人間初めて見るぜ。それに目が赤い人間なんてのも初めてだ」
「ほう、お前ヘブライ語ができるのか」
ソロモンはその言葉を受けて、自分も彼を値踏みするように見つめつつ、そう言いかえした。
「俺の母がユダヤ人だ。ナフタリ族の出身。父親がティルス人でな」
「貴様!」焦ったようにヒラム王が言葉をはさみ、ヒラム・アビフがそれ以上何かを言わないようにした。
「お許しください、ソロモン王。彼はティルスにいたころからこうでして……実に礼儀知らずな男で……」
慌ててそうペコペコするヒラム王とは対照的に全く問題ないという風に構えたままのヒラム・アビフの対比がおかしくて、ソロモンは思わずくすりと笑った
「かまいませんよ、ヒラム王。私は何も気にしてはいない。何。面白い男ではありませんか」
そう言ってソロモンは、ヒラムの眼をその赤い目でとらえると「ここで何をしていた?」と言った。
「ここが明日からの俺の職場なら、俺は一刻も早くそれの全貌を把握しておく必要があるからな」
「おやおや!さっそく明日から働いてくれるつもりか。私としては、旅の疲れをいやす時間は取らせてやるつもりだったが」
「俺は職人さ、王宮の客じゃねえ」ヒラム・アビフはそう言ってにやりと笑った。つられて、ソロモンもますます笑う。
なるほど、確かに変わり者の男だ。非常識なまでに無礼でもある。ヒラム王がおろおろするのは不自然な話ではない。だが、ソロモンは不思議とこの男に好意がわいてきた。
「ヒラム王!」おどおどしているヒラムに、ソロモンは笑顔で話しかけた。「そのようにしないでください。私はこの男を非常に好ましく思いますよ。何よりも仕事に熱心なことは、労働者に最も求められることだ。貴方は本当に私に、よい贈り物をしてくれた」
ソロモンは一切の皮肉の色を排除するように努めて、その言葉を言った、それでようやくヒラム王も少しは安心したのか「は……よろしくお願い致します」と返事をした。
そこに「ソロモン王」と口を挟んできたのは、当にヒラム・アビフだった。
「せっかくなら、これの設計図を描いた奴にも会わせちゃ貰えないか。明日までに設計図のすべてに目を通しておきたい」
「それは実に簡単なことだ。なぜなら、お前はすでにその男と話しているからな」
その言葉を聞いて、ヒラム・アビフは初めて目をぱちりと開いて、警戒心を解いたような表情をした。
「あんたが?」
「ああ。設計図もすぐにも見せてやれるぞ。写しがあるからな。さっそく王宮に向かおう」
「そりゃ、ありがたい!こうして作品を見てるだけで、あんたの設計図の出来の良さは分かるぜ。……いや、噂にも聞いていた通り、大した王さんだな、あんたは」
ヒラム・アビフは先ほどまでの堅苦しい態度はどこへやら、パッと表情を明るくして急に楽しそうに、ソロモンにそう語ってきた。どうも、ソロモンが設計図を描いたということで、一気に心を開いたと見える、とソロモンは思った。彼は本当に素直にソロモンの設計を褒めた。
「ふん。まあな」
「だが、その設計図に見合う技術がねえんじゃねえのか」彼は不敵に笑う。ティルス王ヒラムがまだ慌てて何か言っていたが、彼には聞こえていないようだった。
「俺は、誰よりもうまく仕上げる自信があるぜ。俺は天才だからな」
「ほう……そうまで言うか」
ソロモンは挑戦的なヒラムの表情に合わせて自分も挑発するようににやりと口角を上げ「では明日を楽しみにしよう!お前の腕前、とくと見せるがよい。王宮に帰りましょうか、ヒラム王。彼もいっしょに」と言った。
ソロモンはその言葉に臨むところとばかりにうなずいたヒラム・アビフを連れて馬車に乗り込んだ。ヒラム王もあわてて後に向かう。
ふと光がソロモンの眼を指した。彼は一瞬目をつぶり、マントを下げる。光は、ヒラム・アビフの指輪の黒曜石に反射して自分の眼に届いたのだと分かった。
彼はそれに目をそむけながら、どこかしみじみと思う。こうして初めて会う人間と笑いあったことなど、思ってみれば初めてだ。

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