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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第四十三話


モリヤ山では、妙なことが起こっていた。
全ての作業場で、前の日にやったよりも作業が進んでいるのである。むろん、総監督のアドニラムをはじめ誰もがそれを不審に思った。しかし、いくら探してみてもものがとられていたり、こっそりと建築物が壊されていたり傷つけられていたりすることなどなかった。ただただ、作業が進んでいるのである。
異常なことだ。手放しで喜ぶ者もいるにはいるが、そう気楽に喜べないものの方が大多数だ。彼らはそれを気味悪がり、何人かは作業場をやめて故郷に帰ろうとすらした。得体の知れないものがいる職場になどいられないというのだ。
そのことはソロモンの耳にも入り、彼も不審に思ったが、はっきりとした理由がつかめるまで作業は続行されることが発表された。誰もが怯えるなり、面白がるなりしながら建築作業にいそしむ中、一人だけ、まるで何事も起こっていないかのように一切意に介さず、ただ黙々と自分に与えられた仕事をこなす男がいた。ヒラム・アビフであった。


公務を早くに終えたソロモンは、久しぶりに趣味のシクラメンの世話でもしようかとお見たち、王宮の庭に出た。ソロモンのシクラメンは、今や、王宮中に色とりどりに咲き誇っていた。日の当たる所でも、当たらないところでも、変わらずにそれは生き生きと咲いた。
庭師は雇ってあるが、それでも時々はソロモンが世話をしたいとも思う。何にせよ、花を眺めているときはソロモンは本当に珍しく幸福な気持ちになれた。こればかりは、11歳のころから自分を裏切らない。ソロモンはほとんどの花は好きだったが、やはり中でも群を抜いてシクラメンが好きだった。
空は晴れていて、ソロモンの眼にはまぶしすぎた。庭にしいた石に反射する光すら彼の眼に突き刺さった。彼はしっかりと目にマントの影を落とし、目を細めつつ、庭を散歩した。最近生まれた縮れた花弁のシクラメンを、ソロモンは非常に可愛らしいと思った。
「(ベリアルも呼ぼうか)」
彼はそう思い立ち「ベリアル?」と彼の名を呼んだが、彼が来る気配はない。彼は仕方なく、ベリアルと一緒に散歩をするのは諦めようと思った。
「ベリアルって何?」
ソロモンが歩き出した途端、後ろからそのような声が聞こえていた。振り返ってみれば、ナアマがそこに立っていた。侍女などは付けず、一人きりである。
「なんでもいい。俺にとっては非常に大事な奴だ」
「あらそう。ものじゃなくて人なのね。なんでこんな誰もいないところで呼んだのかは知らないけど」ナアマはいぶかしげな眼でそう言い、次に、彼女の首に下がっている首飾りを揺らして言った。
「あなた。これ、どう思う」
ナアマの首飾りは、今まで彼女がつけているのを見たことのあるものではなかった。だからおそらく、新しいものなのだろう。不思議なことに、プライドの高い彼女に似合わず、たいして豪華な代物ではなかった。くすんだ銀色の、丸い飾りを数枚細い鎖でつづり合わせたものだった。よく見ればそれは、銀貨であることが分かった。
「みすぼらしいな。あまりお前には似合っていない」
ソロモンは率直にそう言った。ナアマに対する面白くない気持ちを抜きにしても、確かにあまり似合ってはいなかった。だが彼女はそれにどこか皮肉っぽい微笑を浮かべて「あら、そう。それはそれは、気が付かなかったわ。ご忠告有難う」と言い、そのまま去っていった。
「(変な女だ)」
ソロモンはそう思い、再び縮れた花弁のシクラメンに向かい合った。彼の愛らしさを楽しむとともに、ソロモンは少し、ベリアルの事が心配になった。ベリアルはここのところ、自分のそばに姿を現していない。


ソロモンは結局、暇に任せてモリヤ山に向かうことにした。視察の日ではなかったが、例の妙な事件について少し調べる必要がある。
小さめの屋根つきの馬車に乗って現れた王の姿を見て、アドニラムは当然驚いた。ソロモンは例の事件について詳しく聞きたいと言った。
アドニラムは王に詳しくそのことを説明した。証人ならば腐るほどいる。絶対に半ばにして詰所に帰ったはずの作業が、朝起きたら全て終わっていたというのだ。
彼の言うとおり、確かに作業現場に何やら悪さをしたわけでもないということが分かった。それどころか、夜のうちに進んでいた仕事は非常に素晴らしい出来栄えだった。何かのもの盗りや陰謀に対する目くらましとして、それは上出来すぎるようにも思えた。ヒラムの仕事より少し下か、同じと言っても遜色ないほどだと、ソロモンの目にはそう映った。
だが、こうして自分の目で見るとやはりいよいよ不気味であるともソロモンは思った。
「陛下、無断で作業場を離れた者もいますが、いかがいたしましょうか」
アドニラムがそういう。ソロモンは「…連れ戻してもどうせボイコットするだろう。逃げる者は逃げるままにしておけ」と言った。
彼はふと、ベリアルが言っていたことを思い出した。真夜中に、誰かが作業をしていると。
「おい、貴様。仕事が終わって夜になった後、誰かがこっそりと仕事を進めている……そのようなことはないのか?」
「陛下。そのようなことがあれば、いくらなんでも誰かが気が付くでしょう」アドニラムは言った。
「それに、誰が喜んでそのようなことをしましょうか?給金ももらえないというのに。そんな人目をはばかるように、慈善活動をするなんて」
「……そうだな。すまん。荒唐無稽なことを言った」
ソロモンはアドニラムとそのように話しながら、作業場全体を歩き回った。もうすぐ夕方とはいえまだ日は明るいし、炎天下である。人が大勢いて、火を使った仕事すらある。そのためかなりの熱気があった。労働者たちは皆裸のような格好でいるものの、ソロモンは体中黒いマントにくるまっているのだから、暑苦しく思っても仕方がない。視察の時よりも隅々を詳しく見て回っているうえ、おまけに傾斜もきつく荒れた道なので、ソロモンはいささか体力を消耗した。体力のなさは自覚するところだ。だが、まさか臣下であるアドニラムの前でそう弱々いところを見せるわけにもいかない。耐えることは得意だ。ソロモンは顔色一つ変えなかった。
と、その時、目の前にある人物が現れた。
「なんだ、ソロモン王。来てたのか」
そう言ったのはもちろん、ヒラム・アビフだった。

「ヒラム」ソロモンは言う。
「ちょうどよかった。お前からも聞きたい。聞いているだろう。夜に何者かが作業をしているという話を」
「聞くには聞いてるぜ」
「お前、何か心当たりはないか」
「……いや、ない」
ヒラムはソロモンの問いに少し間をおいてから、抑揚のない声でそう答えた。彼はソロモンから目をそらしていた。
「本当か?」ソロモンは詰め寄る。あからさまに怪しい。
「知らんと言ったら、知らん」
「この作業場で、最も仕事に打ちこんでいるのはお前と聞いているからな」と、ソロモン。「何かしら、知ってはいそうなものだが」
「……本当に、知らない。しつこいぞ、ソロモン王」
彼はごつごつした手をソロモンの前に差し出し、ひらひらと横に振った。
「それよりも、早く帰るか休むかした方がいいんじゃないのか」
「は?」
「あんたは疲れているみたいだから」
ソロモンはその言葉を聞いて、少々決まりが悪くなった。アドニラムまで「陛下、お疲れですか?」などと聞いてくる。
「うむ、まあ……そうだな。慣れぬ熱気のある場所で、実際少しばかりくたびれた」
「お、お気づきもしませんで……」
「よい。それよりも休ませてもらえるか、アドニラム」
慌てるアドニラムに、ソロモンはどうにか冷静さを保とうとして言う。
「は、国王陛下が休むに値する場所などは……」
「日差しがしのげて水が飲めればなんでもいい」
そう言うソロモンに「かしこまりました」と言ってアドニラムは彼を休憩所に連れて行った。そしてそれよりも早く、ヒラムは自分の作業所に戻っていってしまった。


休憩所の一つになけなしのクッションを敷きつつ、アドニラムはソロモンに休むことを勧めた。そして、他の作業員たちにその休憩所は使わないよう指示を出しに行った。
出された水を飲みながら、ソロモンは考える。やはり、ヒラムが怪しい。隠し事をしているのはよくわかった。しかし、簡単に話しもしないだろうということも同時にわかっていた。別に今のところ困ることではない、むしろ起こっていることだけを見れば好都合なのだが、このままでは労働者たちのモチベーションに悪影響ばかりを与えている。問題解決が必要だ。
さて、どのような方法が、とソロモンは考えあぐねた。考えていると、そのうち、アドニラムが戻ってきた。
「アドニラム、お前に聞きたいことがある」
彼が何か言う前に、ソロモンの方からそう口を開いた。

「ヒラムの事ですか?」アドニラムはソロモンの問いを反芻する。
「奴がよい働きぶりをしているのは知っているが、どれほどのものなのかまず、今一度聞きたい」
「は、それはもう」アドニラムは謹んで答え始めた。「彼は青銅細工も、彫刻も、木工も、石細工も、鳶の仕事もこなしますからね。今では本当に、あいた仕事を片っ端から彼に任せていますよ」
「相変わらず不平は言わないのか」
「彼にとっては、仕事以外のものはないのでしょうな。職人仕事をしているときのみ生きられる、そんな人間ですよ」
ソロモンは分かる気がする、と思った。ましてや近場でヒラムを見ている彼なのだから、なおさらそう思うだろう。
「アドニラム。夜の作業の件だが、正直、お前はどう思う?例えば、ヒラムがやっているとは思わんか?」
「……本当の事を申しますと、何人かの作業員はそんな噂を流しておりますね。私も……まあ、信じているというほどでもないのですが、ヒラムならばやりかねない、とも思いますよ」
「ふむ……そうか。よし!」ソロモンの頭に一つ、ひらめくものがあった。
「アドニラム。件の事については不明瞭だが、ここはひとつヒラムがやっているのだという暗黙の了解を浸透させておいた方がいいな」
「それは分かりますが、王よ。どのように?」
「アドニラムよ、私はヒラムに一つ位と権利をを与えようと思う。総監督であるお前のプライドが私の言うことを聞けばの話だが」
アドニラムは慌ててその場にひれ伏し「無論、国王陛下のご命令とあらば」と、まだ内容も聞かないうちからそれを請け負った。ソロモンは彼の頭を上げさせ、そのことを話し始めた。


やがて夕方になり、作業の終わりの時を迎えた。アドニラムは各般の班長に連絡し、作業に従事している是認を呼び集めさせた。
班ごとにアドニラムの前に整列する中、一人ブラブラとやってくる男がいる。言うまでもなく、ヒラムだった。
「今日もご苦労だった。解散せよ、と言いたいところだが」アドニラムは大勢の作業員たちを前に大きな口調で言う。「この事業を我々にお命じになられたソロモン陛下がおわしておる。陛下は我々に発表するべきことがあるとのことだ。皆のもの、ひれ伏せ」
アドニラムの言葉とともに、黒いマントをかぶったソロモンが夕日の中にさっそうと、マントの裾を翻して現れた。おびただしいまでの労働者たちは一世にひれ伏す。ヒラムも、ぼうっとしてたのか少し遅れてだが、その場で同じようにした。
「アドニラム。ヒラム・アビフをここへ」
ソロモンはわざと、聞こえるようなはっきりと通る声でアドニラムにそう言う。少しもせずに、ヒラムが連れてこられた。
「ヒラム・アビフよ」
彼はヒラムとその場にいる職人全員に言い聞かすように言った。
「ここに居る私の忠実な臣下アドニラムより、お前の働きぶりを聞いた。ここに居る労働者共も、分かっていることだろう。その働きをたたえ、また、お前のその才能を今以上に生かすために、私はお前にエルサレム神殿建設総指揮権を与えようと思う」
夕暮れの空気の中響き渡るソロモンの声。
ヒラムは「そう……指揮権?」と、眉を顰めながら少し理解に困ると言ったような顔をした。
「労働者の管理は、今まで通り総監督のアドニラムにやらせる。しかし、アドニラムは職人としてはヒラムに劣るものである。よって、明日より、全ての制作物と作業の出来栄えは、ヒラムの責任とする。ヒラム・アビフ。お前にはこの神殿を最高によい出来栄えのものとするため尽力する義務を課そう。ヒラムが気に入らぬと言えば、貴様らは作り直すがよい。ヒラム、お前も彼らがそれをできるように、その人並み外れ優秀な手を貸すがよい。そして、お前はその仕事のため、いくらでも好きなだけ、好きなように自分の仕事をする自由を課そう。お前の職人としての心が赴くままに、働くがよい。お前がそれで仕事に手を抜くような人間ではないということは、私やアドニラムをはじめ誰もが確信しているところだ」
そう言ってソロモンは、じっとヒラムを見据えた。そして、大きく息を吸ってから言う。
「ヒラム・アビフ。お前はわが親愛なるティルス王からイスラエルに送られて以来、実によい働きぶりをしてくれている。昼夜を問わず、お前は実によく働く、職人の鑑のごとき男だ。お前にはふさわしい地位であり権利であると私は思っている。受けるか、ヒラム・アビフ」
ソロモンがふと気が付けば、彼のその言葉に、ヒラムは目をキラキラさせていた。その現金さに、ソロモンは苦笑すらこぼれた。
「ああ、もちろんだ、ソロモン王」
「皆のもの!今を持って、ヒラム・アビフには建設総指揮権が付与される。明日からは私の言ったとおり、ヒラムの出す仕事上の指示には従うがよい。良いな!」
そう言い終わると、ソロモンは再び、下がっていってしまった。アドニラムは彼らの顔を上げさせ、改めて解散の命令を出した。


なるほど、とアドニラムは感心した。
彼がさらっと言った「昼夜を問わず」と言う台詞、夜の事件を気にしている者達には、なかなか衝撃的だっただろう。要するに、ヒラムがこっそりと山に戻って作業をしている、と、王自らの口から明かしたようなものだ。
ヒラムの仕事熱心さと技術力なら、どこか信じられるところもあるのだ。加えてソロモンの話術はこういう時に本当に巧みで、すぐに心に入って行ってしまう。
おまけに、確かに指揮権と言うのは彼にぴったりだと思った。今でも複数の仕事にかかわっている万能の彼に、全ての仕事を負わせる現実的な方法だ。これを持って、神殿建設は確かにもっと質の良いものとなるだろう。労働者の方からしても、やはり班の仲間でもないものに指図をされるのと王直々にその地位を賜ったものから指図されるのとでは感じ方も違う。それにヒラムが明らかに人を使う事は不得手な手前、労働者の管理は今まで通りアドニラムに、仕事の事はヒラムに、と言うのも、ヒラムにとっては気軽なことだろう。ごく自然な流れで問題を解決しつつさらに良いおまけまでソロモン王は付けてしまった、と、アドニラムは思った。
とにかくも、これで夜の作業についても、前のように大きな問題になることもないだろう。アドニラムはソロモンを見送りながら、彼を誉め、また、感謝の言葉を述べた。
「陛下、ふもとの場所は避けて通ったほうがよろしいかと」彼は、馬車に乗ろうとするソロモンにそういう。
「作業帰りの者共でごった返しておりまして、とても馬車は通れません」
「そうか。良い道はあるか?」
「ここから左へ」
「礼を言う。ご苦労、アドニラム」
それだけ言って、ソロモンは馬に鞭を入れた。彼はすぐ去って行って、アドニラムはそれを見送った。


「王妃様。……また、今夜も?」
「平気よ。バレはしないわ。あの人は、そんなことに気を配る性格じゃない」
外出しようとするナアマに、彼女の侍女が渋い顔をする。だが、ナアマの意志は揺るがないようだった。
「お前、適当にごまかしておいて頂戴。……それじゃあ、行ってくるわ」
「……行ってらっしゃいませ」
こっそりと裏口から人目を避けるように出ていった彼女は、わざと安い衣装に身をくるみ、顔を薄いベールで隠していた。
ソロモンがヒラムを総指揮者に任命すると言った、少し前の出来事だった。


夜が更け、ソロモンは自分のバルコニーからモリヤ山を眺めた。今日も相変わらず山のふもとが明るい。
だが、この前とは違うところがあった。彼の部屋からでも分かるほど、かがり火が大量にたかれていた。
まさかヒラム、好きなように作業をしていいと言われるや否や、さっそく夜に作業をし始めたのか、とソロモンは少し愉快に思った。だが、なんとかこれで作業員たちを落ち着かせるために言った話も本当の事になったのだ、喜ぶべきだろう。

「……あー……」
そのような、気の抜けた声が部屋の中から聞こえてきた。何事だとカーテンを翻し部屋の中に入ると、ベリアルが寝台の上でぐったりしていた。
「ベリアル!?」
「あー……疲れた。ソロモン。疲れたよ。ちょっと君の寝床貸してもらうよ。きもちいいんだもん。寝心地良くて」
「ど、どうしたんだ?ベリアル」
「……別に……」
ベリアルは気力のない声で、ソロモンの返答に返した。
「ボクにもさぁ、君の知らないところでの仕事くらいあるよ……そんだけ」
「そうか……」
ソロモンはそう返して、自分は椅子に座りこんだ。
「お前は天使だろう。そんなに大変なのか」
「天国って楽なとこだと思ってる?」ベリアルは言う。「天国とかさぁ……君たち人間が思うほど、ほわほわしたところじゃないよ」
ベリアルはふっと、細い腕を伸ばし、ソロモンを自分のところに手繰り寄せた、ソロモンは慌てて椅子から腰を浮かせ、寝台のところに膝をつく。
「一緒に寝よ……昔みたいに。ボク、ほんとに疲れちゃったよ。君もつかれてて寝なきゃいけないでしょ……寝ようよ」

いつも天使のように微笑むベリアルの、こんな姿を見るのは本当に初めてだった、だが、ベリアルにも自分の知らない面があるのかと、ソロモンはかえって弱々しくなった彼を好意的にとらえた。
「ああ、いいとも」
ソロモンは、彼と一緒に寝台に横たわった。ベリアルの体は少し温度が下がっているように思えた。


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