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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第二話


イヴはここのところ、気になるものがあった。ある種類の木の上になっているそれは、明らかに果物である。
赤くて丸く、アダムが好むベリーの実よりもそれはずっと大きかった。ずっしりと木の枝に生えたそれを、イヴが指で叩いてみるとベリーの実とは似ても似つかないほど固く、果肉に食い込むかと思った指は簡単に弾き返された。指で叩いた衝撃で、それも小さくだがゆらゆらと揺れた。
「アダム。これ、なに?」
イヴはある日、隣に居るアダムにこう言った。アダムは「林檎だ」と返した。
「林檎。アダム、これ食べないの?」
アダムはイヴのその言葉を聞いて「食わないよ、何言っているんだ」とぶっきらぼうに返した。
「なんで?」
「当たり前だろ。ベリーは柔らかいけどそれは固いじゃないか。そんな固いものがうまいはずがない」
「でも、神様はどんな木の実でも食べていいって言ったんでしょ」
「お前は生まれたばかりだから知らないんだよ、イヴ。この世には食べられない木の実はたくさんあるんだ。硬くて噛めないものもあるし、苦くてとても食べられないものもある。ただ、園の真ん中にある木の実と違って食っても罰せられないって言うだけだ。俺がすでに食べられて美味いものを知っているんだから、それでいいじゃないか」
「アダムは林檎、食べたことあるの?」
「ないよ、固いものはどうせ食えないから」
アダムのその言葉で、その会話は終わった。


イヴはその日の昼間、一人で取り残された。アダムはいつもの通り彼女を置いて仕事とやらに行ってしまった。神は、いくらでも新しいものを作るのでアダムの仕事はなくならないというのだ。
頭上から聞こえてくる音に合わせて上を向けば、枝の上で小鳥たちが歌っていた。彼女が彼らににっこり笑うと何羽かはそれに気が付いたらしく、歌のトーンを変えて歌うことで彼女に挨拶した。イヴはその枝にも、例の木になる木の実、林檎が付いていることに気が付いた。
イヴはそれをじっと見つめる。小鳥たちは全く林檎がそこにあることは意に介さず、ただ歌っているだけだった。
「(やっぱり食べられないのかしら?)」とイヴは思う。確かにアダムの言うとおり、何度見ても触れてみてもアダムの好むような木の実のような透明感のある柔かさはない。アダムはベリーやイチゴ、桃などが好きなのだ。
しかし、皮の上からはとても甘くておいしそうなにおいが漂っている。それに真っ赤につやつやと輝いている様子はとてもきれいだとイヴは感じていた。
無論そのこともアダムに言ってみた。しかし、甘いにおいがすることや見た目がきれいなことが美味さに一致するとも限らない、と言うのがアダムの言葉だった。たとえば、花は甘いにおいがするし見た目も果物より色とりどりで美しいが、花はどれも苦いし食べられたものではない。それよりはいくつかの一見すると地味な野草のほうが食べられるものだ、と彼は言うのだ。自分がまだイヴのように生まれたてだったころ、花を食べてそのまずさに辟易したとアダムは少し決まりが悪そうでありながら、それでも彼女を説得するために語った。
イヴは何とはなしにその場に腰かけ、当のリンゴの木に背中を持たれかけさせた。エデンの上空に輝いている太陽は今日もやさしく光を降り注がせていて、イヴの小柄な体を温めた。彼女の体や眼を必要以上に傷つけるような強い光は、全て林檎の木をはじめ、数々の木の派が影になってさえぎってくれた。
彼女はぼんやりとする。小鳥はしばらくの間、歌を歌ってくれていたが、やがて歌の時間も終わったのか、まるで雑談をするように不規則な泣き声でお互い話し始めた。鳥の言葉のわからないイヴは彼らから仲間はずれにされたようにも思え、彼女は少し、暇だと感じ始めていた。
と、その時である。まるで彼女が暇だと思ったのを嗅ぎつけたかのように、現れたものがあった。
「やあ、こんにちは、イヴ。暇そうだな」
そう言って彼女の目の前に現れたのは、蛇の頭だった。良く見てみれば、彼は彼女の頭のすぐ上にある枝から、そのほど長い体を垂らして、頭を丁度イヴの顔の前に来る位置に持ってきていたのだ。
彼が現れたのを見届けてか、小鳥たちは歌うのをやめた。そして、いっせいにではなく、少しずつこそこそと飛び去って行った。蛇はそれを特に気にはしていないようだった。
「降りてきてもいいか?」
「うん、どうぞ」
イヴがそう言ったのを見届けると、蛇は自分の体を幹から離し、下に落下した。そしてイヴのお腹のあたりに着地すると、彼女の体を伝うようにして進み始めた。体温が冷たくひんやりした彼の体の感触を、イヴは少し面白く思った。
「何を考えていたんだ?」
やがて彼女の体を離れて地面に降り立った蛇は彼女の隣でとぐろを巻くと、金色の鱗を木漏れ日にキラキラと反射させながらそう問いかけた。
「んー……林檎を見てたの。アダムがね、林檎はたぶんまずいから食べちゃダメだって言うのよ……だから、食べてまずい木の実ってあるのかなって」
「あるな。間違いない」
イヴの問いに、蛇の方は少しの間もいれずにはっきりと答えた。
「まずい木の実って、食べたことないんだもの」
「そうか。エデンの園にだってありふれているがな、そんなもの」
蛇は少し意外そうに、また呆れたとも言った調子で彼女に語りかけた。「本当に食べたことないのか?」と彼は疑わしそうに言ってくる。
「うん。だってねアダムはいつもおいしいものばっかり持ってきてくれるから」
イヴはそう言った。
日差しはどんどん暖かくなって、林檎の木の実は一層甘いにおいを振りまいてくる。蛇はその言葉にくすくす笑った。イヴがなんで笑うのかと聞くと、蛇は「いや、君はほんとにアダムが好きなんだな」と言った。
「えっ?」
「ああ、いやなんでもないよ。君はアダムに大切にされているんだな。だって奴は、君がまずいものを食べないように気を使ってくれているわけだろう」
その言葉を聞くと、イヴの方も彼と同じく笑い顔になった。
「うん!アダムは優しいの」
「それはよかった。優しい伴侶を得るというのは幸せなことだよ、イヴ」
彼は木々の葉っぱの間からから漏れてくる光を二つの眼でじっと見つめた。「優しい神や、天使に守られているのと同じくらいにね」
彼は尻尾でイヴをつつくと、「日向に出てみないか。ここは少し寒いんだ」と言った。イヴは特に寒いとも思わず、むしろ涼しくて気持ちがいいとも思っていたが、彼の言葉に素直に従って体を動かした。鳥たちがもう一羽たりともいなくなってしまったせいで、彼らの動くカサカサとした音がよく聞こえた。
すぐそばの日向に出ると、上空で天使たちが飛び回っているのがイヴにははっきりと見えた。何人も、何十人もいるようだ。白く光り輝く翼をはためかせ、彼らは歌っているようにも見えた。だが、鳥たちのようにそれは分かりやすい音として彼女の耳には入ってこない。しかし、それでも天使たちは歌っているのだった。
「あれは、神を賛美しているんだ」
蛇が、彼女にそう言った。イヴはそんな説明を聞きつつ、あの中にミカエルやガブリエルもいるのだろうかと考えた。
「なんで賛美するの」
「奴らの仕事の一部だからだな。アダムが、俺や君や、すべてのものに名前を付けるように、奴らはそれをするために生まれてきているからだ」
羽ばたく天使たちの真っ白な羽毛が、上空の風にあおられて宙に舞っているのがイヴには見えた。彼女はそれを捕まえようと、上に向かって手を伸ばす。しかし、天使の羽は彼女の手に届く前にすぐ光に溶けて、見えなくなってしまうのだった。
彼女は少しがっかりして、手を引っ込める。それを見て、また蛇は薄く笑った。今度は、そんな彼女を少し滑稽に思うと言ったように。
彼はそんな表情のままイヴに顔を近づけると、言った。
「イヴ、少し待っててくれよ」

蛇するすると急にその場を離れて行ってしまい、茂みの中に隠れる。イヴは陽だまりの中に取り残されたが、不思議と寂しいとも感じなかった。ただじっとその場に座っていて、昼下がりの暖かい光の熱の中、蛇の帰りを待っていた。
やがて、彼が隠れた茂みから、きらりと金色の光るものが頭を出した。蛇の頭だった。
「蛇さん!」イヴは彼の名前を呼んで、茂みに駆け寄った。茂みから出てきた彼は、口に一輪の花が付いた茎を加えていた。とても大きな花で、真っ白で大きな花弁を円錐状に開いていたが、花弁の先端は滑らかにカールしている。花弁に収まってる大きなおしべとめしべは茶色と黄色で、とても綺麗な色の取り合わせだとイヴは思った。イヴはこの花に、少し見覚えがあるように思えた。エデンの園には時々映えている花だ。しかし、名前を聞くのは思えば初めてだった。
蛇は頭を突き出して、その花をイヴの手にさし出すようにする。イヴは素直にそれを受け取った。
「それを上げよう」口が自由になった蛇は彼女に笑って言った。
「ありがとう。綺麗なお花ね」
「百合の花だよ」蛇はじっと顔を近づけて百合を見るイヴにそういう。
「気に入ってもらえたかな?」
「うん、すっごく嬉しいわ。ありがとう、蛇さん」
イヴは満面の笑みで、蛇に礼を言う。蛇は「どういたしまして」と笑った。
「どこに咲いてたの?私も見たい」
「なら一緒に行こうか」と蛇は、くるりと細長い体の向きを変えて歩き出した。イヴは、片手に百合の花をしっかり握って、彼の後を追いかけた。


着いたのは、イヴが来たことのない場所だった。広場になっていて、真っ白な百合の花がぎっしりと、所狭しと咲いていた。イヴはその光景を、とても美しいと思った。
「ここに来たの、初めて」イヴは喜んでいう。「ありがとう、蛇さん」
「そうか。そう言ってもらえて俺も嬉しいよ、本当に」
イヴは夢中になって、百合の花畑の中に飛び込み、真っ白なその花弁の造形の美しさを楽しんだ。ふと、背の高い百合に紛れて蛇の姿が見えなくなってしまったので一瞬心配になったが、それは杞憂だった。蛇はするすると彼女の胴体を這いあがって、小さい体を彼女の肩あたりに巻きつかせた。
百合に見とれるイヴに、蛇は「イヴ。エデンには、きれいなところが沢山あるぞ」と言った。
「どうせアダムのように仕事がないんなら、それを見て回ればいい。俺が連れて行ってやってもいいし、お前が自分で行っても、天使どもに連れられて見に行ってもいいんじゃないか。そうすれば、少なくともアダムに構ってもらえずとも退屈ではなくなるはずだ」
「うん、そうかもね」
イヴは笑って言った。真っ白な百合の花が、ほんのりと紅色に染まっているのが見えた。ふと気が付けば、もう日は赤くなっている。夕方だ。蛇の金色の鱗も、少し紅色に輝いていた。その様も綺麗だ、とイヴは思った。
ふと、夕霧をかき分けてやってくる存在があるのに彼女は気付く。「ガブリエル!」と、彼女は手を振って、その近づいてきた天使を呼んだ。

「こんにちは、イヴ。素敵なところを見つけたわね」
「蛇さんが教えてくれたの」
イヴのその言葉と同時に、彼女のふわふわしたボリュームのある髪に半ば埋もれたようになっていた蛇が金色の頭を出した。
「久しぶりだな、ガブリエル」
「あら。こちらこそ久しぶり。イヴにいいところを教えてくれたのね。わたしからもお礼を言わせて頂戴」
ガブリエルがそう笑う。彼女の顔や翼もを受けて、赤く染まっていた。
「蛇さんがね、私にこれくれたの」
イヴは蛇が彼女に挙げた一輪を見せた。ガブリエルは笑って「良かったわね。とても綺麗よ」と言った。
「私も、ガブリエルに上げるわね」
イヴは、近くにあった百合の花の一輪を、丁寧に摘み取った。プチリと言う音とともにそれが茎から離れると、彼女はガブリエルのそれを手渡す。ガブリエルは喜んでそれを受け取り「有難う」と言った。
その時になって初めて、イヴは気が付いた。ガブリエルは自分とは違い、何か薄いヒラヒラしたものを体に纏わせている。いうなればドレスのようなものだが、イヴはドレスと言う概念を知らない。彼女にとってそれは何処か、彼女たちが今立っているよりもっと美しく、もっと純粋な白百合の花園を着ているようでもあった。
ガブリエルはイヴからもらった一輪をその自らが纏った花園に刺した。美しい白い百合はあっという間にそこに溶け込み、ガブリエルの神秘的な美しさを引き立てるものの一つとなった。
「もうすぐ夜になるわよ、イヴ。そろそろアダムのところに帰りましょう。蛇、貴方も一緒に来たら?」
「そうさせてもらうよ。どうせ暇だからな」
太陽は落ちかけていて、すでに薄暗くなっていた。ガブリエルは彼女の周囲を明るく照らしていた。


帰る途中、ふと、甘い香りがイヴの鼻をくすぐった。林檎の匂いであることは分かった。林檎は暗い闇の中葉っぱと一緒に溶け込んでいたが、よく注意をこらしてみるとガブリエルの発する光を反射しているのが見えた。
「どうしたの?」ガブリエルが言う。
「あの林檎、とってみたいなって」
「あら、取ればいいじゃない。良いわよ。待っているから」
ガブリエルはにっこりとそう笑った。「あの、でも……」と、イヴは少し迷う。アダムは林檎なんて食べられないと言っているのだから。しかし、今度は彼女の肩に乗った蛇が、こう言った。
「別にまずくてもいいじゃないか。まずかったらそれ以上食べなければいいだけだ。食べたいんなら、食べてみるのが一番いい」
蛇のその言葉で、イヴもようやく決心がついた。
一番低いところになっている林檎の実は、イヴの低い背丈でも、取るにあたって背伸びをする必要はなかった。イヴは赤くて丸いそれを静かに枝から離し、口をつけた。
確かに、固い。ベリーのように柔らかく歯が食い込むことは全くない。しかし、鼻を近づけたことで、林檎の美味しそうなさわやかな香りはより一層漂ってきた。
彼女は表面に歯を立てて、思い切って、それを下ろしてみた。しゃくっとした感覚と一緒に、林檎がかみ切れたことが分かった。
果肉はやはりアダムの好きな果物のように柔らかくはない。しかし、思っていたほど固くもないと分かった。そして何より、林檎は、その匂いと同じように、とてもさわやかで甘く、おいしいものだとイヴは感じだ。
「おいしい!」か彼女は素直に、そう言った。
「ガブリエル。蛇さん、これ、すごくおいしいわ」
「よかったわね、イヴ!」ガブリエルは満面の笑みでそう言った。蛇はするすると彼女の腕を伝うと、彼も林檎に噛みつき、削り取ったひとかけらの果肉を丸呑みにした。
「ああ、うん、確かに。よく熟れてる」
「蛇さんも、食べたの初めて?」
「いや、別に。俺は何回も食べてるよ」
「え?」イヴは言う。「じゃ、なんでおいしいって言ってくれなかったの?」
「別に聞かれてないからな」
蛇は悪戯っぽくケラケラ笑った。それを見て、ガブリエルも先ほどまでの満面の笑みを苦笑いに変えた。


アダムが彼らの寝場所にしているところに帰ってきたとき、イヴはガブリエルと蛇と一緒にすでに帰ってきていた。
だが、アダムの目を引いたのは彼らではなく、イヴが大量に林檎を持ってきていることだった。「おかえり、アダム!」と、彼女はぴょんと彼に飛びついて言う。そして、林檎の実を差し出した。
「これ、今日のお夕飯!私がとってきたの」
「は!?」アダムは素っ頓狂な声を上げた。
「硬くて食えないって言っただろ、何回も」
「そんなことないわ、結構おいしかったわよ。私、食べたもの」
その言葉を聞いて面食らうアダムに、イヴはさらに林檎を差し出した。
「ねえ、騙されたと思って食べてみてよ」
アダムは少し対応に困りながら、視線をガブリエルと蛇のほうに向ける。しかし彼らも、どちらかと言えばイヴの方に味方しているのはその視線から見て取れた。
彼は観念して、イヴの手から林檎を一つとるといやいやと言った風に口を開けて、それに歯を突き立てた。そして気持ちのいい音とともに、その少し固い果実を噛み切った。
「……」
「どう?おいしいでしょ」
イヴがそう言うと、アダムは目をそらすようにして、もう一口林檎を食べる。
「あー……うん。思っていたより、まずくはないな」
彼は恥ずかしそうにそう言った。そして、食べることはやめなかった。止めるどころか彼は視線を脇にそらしたままもう一口、さらにもう一口と林檎を食べ続けた。イヴはそれを見て不思議と温かい気持ちになり、笑いがこぼれて、自分も彼と一緒に林檎を食べ始めた。

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