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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第十三話

イゼベルの言葉に、護衛兵たちは反応しエリヤたちを捕えようと走り寄った。だが、それよりも早く、エリヤは耳をつんざくような鋭く、大きな声で鴉のような鳴き声を上げた。
と、同時に、大量の鴉が大広間の窓から舞い込んでくる。そして、黒い羽をまき散らしながらアハブの衛兵たちに襲いかかった。
当然のように大広間は大混乱である。護衛兵たちは鴉に遮られて前が見えなくなり、鴉の鳴き声に交じってわけのわからない声をまき散らした。

「エリシャ、行くぞ!」
エリヤはエリシャをひょいと肩に抱え上げるとその場から駆出し始める。イゼベルはそれを見咎めた。
「何をしているの、お前たち!エリヤが逃げるわ!」
その声に慌てて護衛兵たちは反応し、彼に抵抗しようと試みるが、鴉に妨害された状態では思うように彼を拘束できなかった。おまけに「邪魔すんじゃねえ!」と、エリヤは自分に寄ってくる衛兵に蹴りを入れた。相当強烈な蹴りのようで、彼らはあっけなく倒れていく。
あの俊足の持ち主、逃してしまっては捕まえられはしない。だが、このままでは逃げられるのも時間の問題だ。イゼベルは頭を抱えた。

「何をしている、イゼベル!」
ふと後ろから声が聞こえた。振り返れば、そこに居たのは怒りの形相をしたアスタロトだった。
「奴は偉大なるベルゼブブ様に仇なす者、生かしてはおくな!」
「し、しかし」
エリヤは気が付けばとっくにめぼしい衛兵たちをのしてしまって、大広間から逃げうせていた。だが、アスタロトはイゼベルに反論する余地すら与えなかった。
「黙って私についてこい、お前の兵隊はだめだ!」

そう言うとアスタロトはイゼベルの手をつかみ、かっと白い眼を光らせた。とたんに、イゼベルの意識が飛んだ。


「エリシャ!」兵隊たちをまき、エリヤは走りながら自分の肩に乗ったエリシャに声をかけた。
「裏庭の塀を飛び越すぞ、来た時みたいにな!」
「は、はい、師匠!」


イゼベルの意識が戻ると、彼女は裏庭に立っていた。まだ意識のぼんやりする彼女を、「シャキッとしろ、時間がない!」とアスタロトは小突く。
「アスタロトさま、あの、ここは……」
状況の呑み込めないイゼベルだったが、次の瞬間、彼女はなぜアスタロトが自分をここに連れてきたのかがわかった。目の前にエリシャを担いだエリヤが走ってくるのを見たのだ。。

「エリヤ!」彼女はヒステリックに叫んだ。さすがのエリヤとエリシャも、驚いた。
無理もない。馬ですら追い越せるエリヤが、走りにくいドレスに身を包み、若くもなく、しかも女性であるイゼベルに追いつかれるなどほとんど考えられない。
イゼベルは息巻いた。
「お待ち、卑怯者!逃がしはしないわ!」
「エリシャ」エリヤは言う。「あわてんじゃねえ。予定通り逃げるぞ」
「はい、師匠!」
「あばよ、イゼベル!」
エリヤはそう言うと、走る勢いを緩めないまま、急に、さっと飛び上がった。彼は楽々塀の高さまで飛び上がり、それを超えようとした。イゼベルは彼を罵ることはできれど、結局彼を止めることはできない、と己の身体面での無力さを感じていた。
だが、その時だった。
アスタロトがすっと黒い薔薇を一輪構え、そして、それを矢のように、エリヤめがけて物凄い勢いで飛ばしたのだ。
薔薇の茎の先端は金属のようにとがり、たちまち本物の矢のようになる。エリヤも、何かがものすごい勢いで自分たちを襲ってくる気配に気が付いたらしい。彼はあわててそれから逃げようとした。
しかし、遅かった。
エリヤが薔薇の矢をかわした時、エリヤにしがみつくエリシャの手をその矢が射抜いたのだ。風よりも早く飛んでくるそれはあっという間にエリシャの手の甲をえぐり、その痛みと、エリヤがかわそうとしたことでわずかにバランスが崩れたおかげで、エリシャの手がエリヤから離れた。
「エリシャ!」エリヤは塀の上から叫んだ。彼はエリシャをつかもうとしたが間に合わず、エリシャは背中から地面に落下した。
ふと、衛兵たちが来る音も聞こえた。イゼベルは起こった事態にのまれていた自分に気が付き、はっと我に返って「こちらです!こちらに来なさい!」と、大声で叫んだ。そして、自分は地面に倒れるエリシャを押さえつけた。

エリシャに悪寒が走った。何が起こったかはわからないが、エリヤから離れてしまった。衛兵もこちらに向かってきている。
エリヤは自分を助けてくれるだろうか。しかし、もたもたと自分を助けていたらせっかく逃げ出したチャンスが不意になってしまうかもしれない。
そこまで考えれば、十分だった。エリシャは逡巡することすぐにをやめ、塀の上に居るエリヤに叫んだ。
「師匠、早く逃げてください!僕は後で合流しますから!」
その言葉だけで十分だった。
エリヤは鴉の羽の色をした瞳でエリシャを見据えると「ああ、分かった。ありがとう、エリシャ」といい、さっと塀を降りて城の外に消えていった。
「ああ、お待ち!」イゼベルは、まさかエリヤがこうもあっさりと逃げるとは思わなかったのだろうか、動揺して、エリシャを押さえつける力を緩ませた。
エリシャは、そのチャンスを見逃さなかった。背中の激痛をこらえながら思いっきりイゼベルをはねのけた。いくらなんでも女、すぐに拘束は外れた。
またしても彼女の油断をついて急に起こった事態に動揺するイゼベルをよそに、エリシャは力いっぱい駆出した。さすがにエリヤ程の速さではないものの、目の前で起こったことに呆然とするイゼベルは彼を追いかけられず、彼はすぐ視界の外に行ってしまった。


「くっ……何たることだ、不覚!」アスタロトは言った。
「イゼベル、何故しっかり押さえつけておかん!」
「申し訳ございません……アスタロト様」
震える声でいうイゼベルを睨みつけ、「エリヤめ、まさかあんなにあっさり弟子を見捨てるとは……」と、アスタロトは言った。どうやら、彼もエリヤの予想外の行動に動揺し、そのあまり対応を取れなかったようだった。
ほどなくして、衛兵がやってきた。イゼベルは彼らに向かって怒鳴り散らすように「エリヤが城の外に逃げました!お前たちのうち半分、すぐに彼を追いなさい!そしてもう半分、エリヤの弟子がまだ城の中に居ます、彼も捕まえなさい!」と命令した。


エリシャは広い王宮の庭を無我夢中で走っていた。だが、王宮など初めて見る彼の事だ。どちらに向かえば出口なのかもわからない。
衛兵の声が聞こえる。自分を探しているようだ。エリシャは焦った。ここでつかまるわけにはいかない。
その時だった。
「あ、エリシャだ」
聞き覚えのある声に、彼は振り返った。見てみると、誰もいないと思っていた空間に、ミカヤがいた。彼は井戸に腰かけて、エリシャの方を向いてにやにや笑っていたのだ。
「あ、貴方は……」
エリシャがミカヤの名前を呼ぼうとした時、ミカヤはぴょこんと立ち上がって、エリシャの手を引いた。
「こっち来いよ、捕まりたくないだろ」
エリシャは、ここはミカヤに任せようと判断した。むやみに逃げていてもつかまるだろうし、知らない仲ではないミカヤを頼る方がいいと考えた。
だが、ミカヤはエリシャを自分が先ほどまで座っていた井戸のへりに連れて行った。そしてエリシャが怪訝に思った次の瞬間、エリシャを井戸の中に叩き込んだ。

物を言う暇もなかった。井戸は比較的深くはなく、水もたっぷりしていたのでそう大きな怪我を負うことはなかった。エリシャは井戸の中に浮かんでいた縄を括り付けた水桶にしがみつき、「何するんだよ!?」と言おうとした。
しかし、その言葉は言えなかった。上にある穴からのぞくミカヤの顔は真剣で、口に人差し指をつけてエリシャに何も物を言わないように命じていた。
「いい、そこでじっとしててね!?大丈夫、殺さないから」
そう言って、ミカヤは、その場から去って行ってしまったようだった。

ほどなくしてざわざわと物音がした。衛兵が来たのだとエリシャは感づいた。彼はぎょっとした。ひょっとしたら、ここが見つかるかもしれない。見つかってしまえば、逃げようがない。
だが、彼はミカヤの「じっとしていろ」と言う言葉を思い出した。今は、彼に賭けるしかなかろう。どうせここから逃げ出すというのも無理のある話だ。
井戸の上から覗き込む顔が見えた。エリシャは一瞬、心臓が跳ね上がった。だが、安心だということが分かった。彼を覗き込んでいたのは、衛兵は衛兵でも、エフーの顔だったからだ。彼はエリシャを安心させるようにウインクしながら笑って、またしても口に人差し指を当てていた。そして彼は脇を向き、「ここにもいません!」と叫んだ。
そして、それっきり、また衛兵は去ってしまったようで、周囲は再び静かになった。

静かになってから、しばらく時間がたっただろうか。
「もういいよ、あがってきなよ」と、上から聞こえた。ミカヤの声だった。彼は縄梯子を井戸にたらした。
エリシャがそれを伝いながら上がっていくと、ミカヤのほかにも縄梯子を押さえつけているエフーがいた。エフーのそばには、衛兵の服があった。
「これに着替えろよ。安全なところに案内するぜ」と、エフーは笑った。ミカヤは少しだけ、面白くなさそうな顔をしていたが。
自分は二人に助けられたのだ、と、エリシャは心の底から実感した。そして、安堵した。


正門から堂々と抜けて通されたのは、一つの家だった。
「ここは……?」
「ボクの家」
ミカヤはエリシャに、機先を制するように言った。
エリシャは面喰った。ミカヤの家は、かなり立派な家だった。それだというのに、奴隷や使用人はほとんどおらずひっそりとしていた。
「早く上がれよ」彼は言った。彼に案内されて、エリシャは言われるままに今に通された。
彼はそこで床に座り込むと、緊張が完全に途切れたからか、大きく息をついた。そして、「ありがとうございました……本当に、ありがとうございました」と、二人に言った。
「気にすんなよ、それより君、よく頑張ったな、偉い偉い」
エフーはケラケラ笑って、エリシャの背中を軽くたたいた。事実、ずっと緊張状態だったうえに冷たい井戸の中にかなりの時間放置されていたので、体力の消耗はかなりのものだった。
「よく、すぐに師匠から離れる決心をつけられたよな。なかなかできることじゃないぜ。戦場でもとっさの決断は必要でありながらも難しいもんだし、オレにも凄さは分かる。本当に偉かったな、エリシャ君。師匠を信頼してるんだな」
「ええ、まあ……」
「ボクとしては、君を助ける義理なんてなかったけど」ミカヤはぶすっとしていった。「でも君がいないと、エリヤが悲しむもんね」
「エリシャ君、気にしなくていいぜ。こいつ、君に妬いてるだけだから」
またしても馬鹿にするような笑いを浮かべるエフーに、ミカヤは、不機嫌な態度を隠そうとしなかった。
「エリシャ、こうやって助けてやったんだし、ボクの質問に答える義理くらい君にはあるよな?」
彼はまだ息の荒いエリシャに、そう詰め寄った。なるほど、とエリシャは思った。ミカヤはどうやら、エリヤの弟子になっている自分を嫌っているようだったことは覚えている。エリヤのためだけではなくそのことを問いただすために、こうやって救い出したという一面もあったのだろう。
だが理由がどうであれ、自分はミカヤとエフーのおかげで助かった。そのことには間違いなく感謝している。エリシャは首を縦にふった。

「じゃあ聞くけど……どうして、エリヤは君なんかを弟子に選んだの」
「それは……僕にもわからないんです」
エリシャは説明した。自分の故郷に、急にエリヤが来ていて、そしてそれはその土地で自分が連れ歩くものを見つけろと神がエリヤに命じたおかげだったという旨を。
「……それさ」
「え?」
「ボクの事だったかもしれないよ?」
ミカヤはエリシャを睨みつけるようにしていった。
「ボクも、君たちが立った次の日に君の故郷に来ていたんだ。エリヤを追って。ねえ、それ、ボクだったんじゃない?エリヤが合うべきだったのって、ボクのことだったのに、一日違いで君が間違えられたとか、そういうのってあり得ると思わない?」
「え、そうだったんですか……?いや、でも、その……」
「おいおい、それは無理があるよ、ミカヤ」エフーが横から茶々を入れた。「神様はエリヤさんに、お前を連れて行かないようにわざわざお前を名指ししていったんだろ」
「うるさいなあ!」ミカヤは怒ったように言った。
「なんでボクじゃなくて君なんだよ!?ボクのほうがずっとふさわしいと思わない!?君、なんなの!?ただの田舎もんだろ!?ボクは宮廷預言者なんだよ!どう考えたってボクの方が、相応しい存在じゃないか!なんで君なんかがエリヤに!」
「おい、宮廷預言者ってお前、神様の言葉なんて聞いたことないじゃないか」
またしてもエフーが脇から冷やかしの言葉を入れた。それを聞いて、ミカヤは悔しそうに唇をかむ。
「え、あの……」エリシャが言った。「あの……預言者って言う肩書なのに、神様の言葉を聞いたことがないんですか?」
「ないよ、当然じゃん!っていうか、宮廷預言者なんて誰ひとりとして、本物の神様の言葉なんて聞いたことないよ!まさか信じてたの!?預言者って名乗るからには神様の言葉聞けるって!?馬鹿なの!?やっぱ田舎もんだな!預言者なんてねえ、ただ知識や洞察力を駆使してそれっぽいこと言って、後は適当に王様をおだてているだけの集団だよ。エリヤみたいな……そう、エリヤみたいな本物の預言者、誰一人、いないんだから……」
エリヤは最初、いらだったような口調でまくし立てた。しかし、徐々に勢いを失って、か細い声になっていった。
「エリヤ……エリヤだけが、本物なのに……なんで、お前みたいななんでもない奴が……」
彼はサイズの合わない大きな上着で顔をぬぐった。かすかに、泣いているようだった。
「ミカヤさん……」
「うるっさいなあ!なんだよ!?」
泣き顔で彼を睨みつけるミカヤに、エリシャは思い切って話を切り出した。
「師匠から聞いたんです。なんであなたが、そんなに師匠にこだわるか、貴方の口から聞いた方が僕のためになるって。……教えてください。なぜなんですか?」
その言葉を聞いて、ミカヤは目をぱちぱちさせると、急に長いまつげに縁どられたその目を伏せて、震えだした。そして、言った。
「良いよ……見せてあげる。こっち、来て」
彼は立ち上がって、歩き出した。


エリシャはミカヤに案内され、ある部屋にたどりついた。そして、その部屋を見た瞬間、彼は小さく悲鳴を上げた。
その広い部屋の床は、茶色いもので塗られていた。そして、エリシャにはわかった、それは、古くなった人の血だった。
「どうしたのさ?」ミカヤはじっとりとした目つきでエリシャを見ると、言う。そして、その血の床にかがみこんで、手をついた。

「ここでね……ボクの父さんとおじいちゃんが、殺されたんだ。たくさんの仲間たちと一緒に。もう、ずっと昔の話だけど……」


ミカヤの話はこうだった。
ミカヤの家は、代々イスラエルの神に忠実に使える祭司で、王宮とのつながりもあり地位の高い家だった。だが、イゼベルによる宗教改革が始まった折、イスラエルの聖職者である彼の家族はもちろん攻撃を受けたのだ。
ミカヤが小さい時、彼らは幾度となくバアル信仰に改宗し、バアルの祭司となるように命令されていた。だが、彼の父イムラもその父、つまりミカヤの祖父もをそれをかたくなに拒んだ。
やがて、彼らはイゼベル直々に、祭司としての職を終われた。しかし、彼らはそれでもあきらめなかった。
宗教改革の逆風の中、以前としてイスラエルの神を信じ続ける仲間たちと一緒にイスラエルの神に対する祈りを行い続けていたのだった。ミカヤはそれを、ずっと一緒に見ていて、それに参加していた。

だがある日、悲劇が起こったのだ。

いつもの通りミカヤの父と祖父、それに仲間たちが礼拝をしていると、王宮の軍隊が急にやってきた。そして、静止する祖父と父に、彼らは剣を抜いて切りかかったのだ。おそらくだが、再三再四注意しても行動をやめないミカヤの家族は、逮捕するまでもなく殺すべきだと判断されたのだろう。
父親と祖父の血が飛び散るのを見て、幼いころのミカヤは、その場で気を失った。

夕方となって、ミカヤは目が覚めた。彼の目に映ったのは、屍となり果てた、見慣れた人たちの肉体だった。誰ひとりとして生き残ってはいなかった。血が床に大量に流れていて、ミカヤが立ち上がって歩くとちゃぷちゃぷという音が鳴った。
自分だけは、なぜか殺されなかったらしい。理由は分からないが、気を失った彼は、混乱状態の中すでに死んでいると勘違いされたのかもしれない。
顔や体を親しかった人の血にまみれさせて、ミカヤはその場で泣きじゃくった。差し込む夕日が血の海に映していたのは、本当に彼ただ一人の影だったことを、ミカヤは今でも覚えている、と言った。


彼はエリシャに言った。
「この外套ね。父さんのなんだよ。その時、ボクがはぎとったの。ねえ……ここのところ、見てみて。黒い外套だからわかりにくいけど、血が付いているでしょう。洗っても洗っても取れないんだ。だから、取ろうとするのもやめちゃった。だってよく考えたら父さんの血だもんね、洗い流しちゃうのなんてもったいないや」


ミカヤはさらに話を続けた。
不幸はそれだけでは終わらなかった。後日、王宮の軍隊が家を差し押さえにやってきたのだ。ひとり家に残っていたミカヤは、自分が生きているところを見られたら殺されると、父の外套を一つ身にまとったきりで、家を逃げ出した。そして、放浪の生活に入ったのだ。
彼は乞食になって、イスラエル中を回った。非常にみじめな、食うや食わずの日々だった。バアルの神殿の前で物乞いをしていたら、神殿男娼と間違われて襲われそうになったことすらあった。その時の事を思い出せば、屈辱で泣けてくる、とミカヤは語った。
おまけに、あの三年の飢饉がおこった。ミカヤはどうにかして、地獄のような三年間を生き残った。自分を一人ぼっちにしたくせに雨の一滴も振らせられないバアルを憎みながら。

そして、三年目、ちょうどミカヤがハイファで物乞いをしていた時、あの事件が起こったのだ。

アハブ王が配給のついでに、イスラエルの預言者とバアルの預言者の対決を行うと言うので、乞食は皆カルメル山に集まった。だが、ミカヤは彼らとは違う理由で集まった。イスラエルの預言者。それは、彼にとって非常に懐かしい存在だった。
ミカヤの家族が命を賭してまで守ろうとしてきたイスラエルの宗教をいまだ守り通すものがいる、と言うことを、その言葉の響きはさしていたからだ。

そして、現れた預言者エリヤは、バアルの預言者者たちを完膚なきまでに倒してしまった。
「主こそ神だ」と、彼はその場で、思わずつぶやいた。それは、彼の父たちがよく言っていた言葉だった。

炎に顔を照らすエリヤが、ミカヤにとっては、まさに救いに思えた。自分の身に起こった悲劇、自分の家族に起こった悲劇、それらすべてに彼は決着をつけてくれた。彼は、憎いバアルの預言者たちを殺し、仇をとってくれた。
誰も頼るものがいないと感じていたミカヤにとって、エリヤはまさに、自分が唯一信頼すべき存在だった。ミカヤにとってエリヤは救い主だった。

ミカヤは大雨の中、彼の後を必死で追った。そして、彼に頼んだ。自分を連れて行ってくれ、貴方にどうしてもついていきたい、と。そして、自分に起こったことをすべて話し、自分を救ってくれたのは貴方だけだ、貴方以外に信じられる人なんていない、一緒に居させてほしい、と言ったのだ。
だが、彼はミカヤの手を払って、厳しい口調でこう告げたらしいのだ。
「俺は一人で十分だ、誰もついてくる奴なんていらん!」
そして、雨の中ミカヤをおいて走り去っていったというのだ。

バアルの神官団は失墜し、宗教改革は終わった。ミカヤはそれを知って、サマリアに帰り、父と旧知の仲だったオバドヤを頼って家に戻してもらい、宮廷預言者として雇い入れてもらったのだ。だが、やはりエリヤをあきらめられず、長い間彼を探していたという。


「そして、出会ったら……誰もいらないなんて言ってたくせに、エリヤは君を連れていた、ってこと。わかるでしょ?不自然な話だって」
ミカヤの話が終わって、エリシャは目を白黒させていた。イゼベルの宗教改革が苛烈だったことは知っている。だが、彼の故郷であるアベル・メホラではそこまでの事件は起こらなかったので、彼は知らなかったのだ。彼は、イゼベルとバアル神官団を改めて恐ろしく思った。
「君は……どうせ、田舎でバアルを拝んでいたんでしょ?エリヤがああするまでさ。なんでだよ?なんで、このボクが、イスラエルの神を信じていたボクがエリヤに選ばれなくて、君なんかが?」

彼は床に突っ伏して泣いていた。エリシャは、何か声をかけたかったが、どうかければいいのかもわからなかった。
「エリシャ君」エフーが言った。ミカヤには聞こえないように、小さな声だった。
「気にしなくていいさ。何がどうあれ、選ばれたのは君なんだろ。こいつに同情するのはいいにしても、後ろめたく思う必要はないと思うぜ」


やがて、夜になった。ミカヤはエリシャに結局、一言も口を利かなかった。不意に、扉を叩く音が聞こえた。
ミカヤは、それを見に出て言った。そしてエリシャのもとに戻ってくるなり、少し毒のある口調で言った。
「エリシャ……エリヤが迎えにきたよ、君の事」

玄関のそばに居ると、確かにエリヤが通されていた。エリヤは「エリシャ、無事でよかったぜ!」と、彼に笑いかけた。
「鴉から聞いたんだ。ミカヤ……本当に、ありがとうな、こいつを助けてくれて」
「……どういたしまして」
ミカヤは不機嫌そうにそう言う。
「行っちゃうの?エリヤ」
「……ああ。早く逃げねえと、捕まるかもしれねえし」
「ボクなしで?」
「……本当に、すまないとは思ってるよ」
エリヤはミカヤに気まずそうにそう言った。
「……行ってらっしゃい」
ミカヤは短くそうとだけ言うと、エリヤとエリシャを送り出した。だが、エリシャをすこし引き留めると、彼に言った。
「……あのね、君、神様の事、好き?」
ぼそぼそとした口調だった。エリシャは一瞬のち「はい」と言った。
「……そう。行ってらっしゃい」
その言葉が、今度こそ最後になった、エリシャを連れたエリヤの姿は、たちまち闇に消えていった。


「気を取り直せよ、ミカヤ」
エフーはミカヤに励ますようにそう言ったが、彼は「うるさい黙れ」と言って、目をつぶって片手でそれを覆ってしまった。
だが、その時だった。

ミカヤの脳内に、急に爆発するように光景が駆け巡った。見たことのあるものではない。謎の光景だ。それがまるでミカヤの体全体を刺し貫くような衝撃をともなって、彼の脳裏に展開されたのだ。ミカヤは思わず痛みの声を上げ、驚いたエフーは「どうした!?」とあわてて問いかけた。

あれはアハブだ。ここは戦場だ。だって、皆鎧を着て、剣や弓を持っている。ミカヤにははっきりと見えた。戦場で、アハブが、矢傷を負って、息を引き取っているところを。

「アハブが」
「え?」
「アハブが、戦死する」
ミカヤはそう、誰に言い聞かせるでもなく、むしろミカヤ自身の口が誰かによって動かされているように、ぼそりと呟いた。

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