クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第三話


「最近楽しそうだな」と、アダムは口を開くなりイヴに言った。
涼しい朝の事で、彼女は薄緑の葉っぱの上にたまっている光り輝く朝露を、葉っぱの上で転がして遊んでいた。
「うん、だって、楽しいもん!」
「ふーん……そうか。いや、いいことだと、思うけどな」
アダムはそうとだけ言うともう話すのをやめて、朝の冷気の良く冷えた林檎に自分の白い歯を勢いよく突き立て、あっという間にガリガリと一つ食べつくしてしまった。それを見て、イヴは少しばかり笑う。
「どうした?」
「アダム、林檎好きになったのね」
アダムは少し顔を赤くして「余計な世話だ」と言った。


「蛇さん、どこ?」
アダムのいるところを離れて歩き始め、一つの小さな針葉樹の森についてからイヴは蛇の名前を呼んだ。蛇はこの森に住みついているというのを彼女は知っていたからだ。
森は特徴的で、すぐわかる。蛇を除いて立った一匹の生物も、ここには住んでいないのだ。
「俺はここだよ」
上の方から声が聞こえてきて、一本の針葉樹の幹を伝ってするすると蛇が下りてきた。地面に降りた彼と視線を合わせるように、イヴもその場に座り込む。
「おはよう、イヴ」
「うん、おはよう、蛇さん。ねえ、今日もどこか連れてって、素敵なところ!」
針葉樹の森はうっそうとしていて、少しばかり暗い。蛇の金色の鱗もあまり輝きはしなかった。イヴは両手を彼に差し出すと、彼は小さな体をそれに乗せる。そして彼女の腕を伝って、彼女の肩のあたりに巻きついた。
「良いよ。じゃあ行こうか」

蛇はイヴにとても優しかった。のみならず、彼は確かに、様々な知識を持っていた。
彼はまるでアダムのようにエデンの園の隅々を知っていて、イヴをエデンの中にある様々な美しいところに連れ出してくれた。
エデンは本当に美しい空間だと、イヴは実感していた。蛇が目的地とするところもさることながら、そこに向かう道中も、本当に穢れなく、美しいのだ。

ふと彼女が気付けば、目の前を一対の鹿の夫婦がゆっくり通りすぎた。雄の鹿は角が大きく、見ていて非常に立派だった。そして、自分以上に彼の妻の方がそれに惚れ惚れしているだろうとイヴは思っていた。
イヴが彼らを眺めていると、彼らの方も気が付いたらしく、二匹そろってイヴに向かって鳴き声であいさつを返してきた。イヴのほうも「こんにちは」と、彼らに笑って挨拶した。仲睦まじそうな二匹が、イヴには少し羨ましく感じられた。少しは、アダムもあの雄の鹿のように自分と一緒にゆっくり散歩でもしてくれたらいいのに、と彼女は思う。鹿の夫婦が過ぎ去るまで、彼女は彼らに見とれていた。
やっと彼らの姿が木陰に隠れて見えなくなったころ、イヴはあることに気が付いた。
「蛇さん!?蛇さん、どこ!?」
蛇の姿がいつの間にかいなくなっていたのだ。自分の肩に巻きついていたはずの彼が影も形もない。
だが、そう心配することはなかった。「大丈夫だよ、ここだ」と言う声とともに、彼はイヴのすぐ後ろに会ったイチジクの木の、大きな葉っぱの影から姿を現した。
「なんでそんなところにいたの?」
「君があいつらをゆっくり見たがっていたからな」蛇は言った。「俺がいると邪魔だろう。俺を見たら、あいつらは逃げて行ってしまう」
蛇が自分に気を使って隠れてくれたのだと、イヴにはわかった。イヴは「ありがとう、蛇さん」と、イチジクの実に頭を乗せた彼に言った。
「どういたしまして、イヴ。このイチジクの実は大分熟れているぞ、食べてみてもいいんじゃないか」
その言葉に了承すると、イヴは上に乗っている蛇ごとイチジクの実をもぎ取った。蛇はするすると彼女の腕を伝って、もともといた位置に収まる。彼女はイチジクの実を食べながら、また蛇の誘導する方向に向かって歩き出した。イチジクの実を食べるのも思えば初めてだったが、繊維質で柔かい果肉の感触を彼女は非常に好ましく思った。


蛇がその日連れて行ってくれたのは、川と言うものだった。イヴは水を見たことはあったが、川を見るのは初めてだった。
ゆっくり、ゆっくりと流れるその水面はきらきらと陽光を受けて眩しく輝く。水は非常に住んでいて透明で、気持ちの良い冷たさが周囲の空気を伝ってイヴの方にもやってくるようだった。
「素敵!」イヴは素直に、そのような感想を述べた。
「そうか、気に入ってもらえて俺も嬉しいよ」
蛇は、イヴが何かを気に入るたびにそういう。イヴは丸い石が多い河原を駆け抜けて、川のすぐそばまで来た。
覗き込んでみると、水は一層透明で、川の底がはっきりと見える。イヴには、それが非常に美しいもののように思えた。
彼女は水面をじっとのぞきこんだ。さらさらと波打つ様子も、彼女の気に入った。水の中には銀色の魚がその流線型の体を優雅にはためかせて泳いでいた。
彼女は、そっと川の中に足を踏み入れた。川はすぐに彼女を受け入れた。
蛇はと言えば、するりと彼女の体を抜けてしまった。理由を聞けば「俺は泳げないから」と言った。
「泳ぐって何?」
「うーん……説明しにくい。とにかくイヴ、川で遊ぶのならば気を付けてくれよ。俺はここで見ているから」
「うん、わかった。ありがとう!」
イヴは川の水の冷たさを肌で感じながら、水の中に入っていった。脚までならまだよかったが、お腹までつかる段階になった時、イヴは本能的に躊躇する気持ちが感じられた。しかし水は美しかったので意を決して潜ってみると、意外と大したことはないということがわかり、イヴは楽しくなり、どんどん川の深みに入っていった。
水の中で自分の体が軽くなるのを感じ、イヴは楽しくなった。彼女はパチャパチャと音を立てて水の中で遊んだ。何をして遊んだと言いあらわすのも難しかったが、強いて言うのならば水の中に居るということ自体を彼女は楽しんだ。
彼女はふと、自分の顔も水の中に入れてみようと思い立った。ぱちゃりと水面に顔を突っ込むと、水中の世界はまた違って見えた。先ほどの銀色の魚が目の前に居る。イヴは、上から見るのではない彼らも美しいと思った。川底に散らばっている丸い石の曲線も大変可愛らしく感じられた。
イヴは水中を楽しく思う気分のまま、いつも通り息を吸い込もうとした。
すると、何かが異常なのがわかった、いつものように、鼻の孔は空気を吸い込まない。代わりに何か別のものが入ってくる。イヴは慌てて、口でも息を吸い込もうとした。しかし、結果は同じだった。
「(何!?何!?)」
イヴは混乱して、あわててどんどん息を吸い込もうとする。しかし結果は同じで、イヴは、自分の体の中がどんどん空気ではない何かに犯されていく恐怖を味わった。


気が付けば、彼女は気を失っていたらしい。彼女が目を覚ますと、そこは河原に生えている背の低い広葉樹の木陰だった。
「起きたか!?良かった」
そう語りかけたのは、蛇ではなかった。イヴにとっては初めて見る存在だったが、何であるかはわかった。彼は、ガブリエルやミカエルと同じく天使である。なぜかと言えば、自分たちに近い容姿をしていて、かつ、背中に真っ白な翼を生やしていたからだ。
イヴは何か言おうとする。しかし、その代わりに出てきたのは咳だった。何か言うどころか、まともな呼吸ができない。
「イヴ、無理するなよ。ちょっと落ち着いて」
彼はそう言って、彼の右手をイヴの胸の真ん中に当てた。その手はほんのりと発光していて、太陽の光のように暖かかった。
そのほのかな熱が胸にしみこみ、イヴは、自分の胸の中にある自分を苦しめているものが取り去られるような感覚を味わった。
気が付けば、イヴはまたいつも通り、息を吸って吐くことができるようになっていた。それを見届けて、彼は「治ったか?良かった」と言った。
「イヴ、水の中で息はできない。すまなかった、言うのを忘れてたよ」
気が付けば、蛇が隣にいた。
「まあ、身を持って分かったろ。水遊びをするときには、呼吸には気を付けてな」
そう明るく笑う天使に、イヴは「助けてくれたの?ありがとう。貴方は誰?」と言った。
「オレは天使ラファエル。会うのは初めてだな。でもガブリエルから話は聞いてるよ、イヴ。よろしく」
そう言って顔全体で笑う彼はミカエルやガブリエルとはまた違った雰囲気を持っていた。彼はとても明るく、親しみやすい人物のように思えた。
「蛇がオレを呼んだんだよ。君が溺れているからって」
「俺じゃ助けられないしな」
蛇は自分の小さな体を見せびらかすように尻尾をパタパタ揺らして見せた。それを受けて、イヴとラファエルは笑う。
「あのー、溺れるって」
「さっきの君みたいに、水の中で息ができなくなって動けなくなっちまうことさ」
それを聞いて、確かにイヴは先ほどまでの自分の症状と溺れるという言葉がはっきりと一致した。彼女はまた、新しい言葉を覚えられたと実感した。
「ラファエル、優しいのね」
「オレは癒しの天使だからね。君やアダムが怪我をしたり、今回みたいに危険な目にあったときはオレの役目なんだ」
ラファエルはそう、ガブリエルほどではないがふんわりと伸びた長い長髪をたなびかせて言った。
「癒し?」
「ああ、君たちが傷ついたときに、それを元に戻してあげる力さ……イヴ、この木をみていて」
ラファエルはイヴが寝ているところに木陰を作っている木の幹に手を当てた。よく見てみれば、その幹には傷がついていた。
ラファエルは手を先ほどのように発光させ、その暖かさで傷を包み込む。すると、たちまちのうちに傷は治り、木の幹は傷一つない完璧な状態にもどった。
「わあ……」
「こんなふうにな。これが癒しさ」
イヴは思わず手を叩く、ラファエルも得意げな顔で「ありがとう」と言った。
「癒しの力は神様の力なんだ。オレはオレが天使として造られるとき、この力を神様からめいっぱい貰ったってわけ」
「何のために?」
「そりゃ君、このエデンにあるものや君たちみたいに、神様が大切に思っているものを癒すためさ」
ラファエルは親しみやすい笑顔のままそう言った。

イヴはラファエルに感謝しつつ、思った。水の中で呼吸ができないということは、水の中に入ることはできないのだろうか。水の中の空間はああも美しかったのに、それは残念だ、と、彼女はラファエルに、そのような疑問をぶつけてみた。
ラファエルはそれを聞くと「いや、そうでもないよ」と言った。
「呼吸に気を付ければ、水の中で遊ぶことはできる。エデンの川は君たちを襲いはしないからな。イヴ、ためしてみるかい?オレの指示の通りにしてごらん」

イヴはラファエルの言われるまま、水の中に入った。水の中では呼吸ができないことは分かったが、代わりに息を目いっぱい吸ってから入っておけば、ある程度の時間は楽だと彼女は身を持って知った。
「いいぞ、イヴ。水底から足を離してみな、沈まないから」
ラファエルにそう言われて、イヴは自分が足をつけている水の底の石たちから足を浮かせた。ふわりと変な感触で、一瞬自分の体が沈もうとする。だがラファエルが繰り返し大丈夫だと言うので、彼を信じてじたばたはしなかった。
すると、彼の言う通り、彼女の体は水に浮いた。顔を出して息を吸うこともできた。
「よおし、イヴ。いいぞ、ついでに泳いでみるかい?」
「泳ぐ?」イヴは、あの蛇が言っていた単語が出たことに反応した。
「ああ、俺の言うとおりに足と手を動かしてみな、泳ぐのは楽しいぞ」

ラファエルの説明は分かりやすかった。いくらもしないうちに、イヴは泳げるようになっていた。
泳ぐという行為は確かに非常に楽しかったが、確かにこの行為は蛇にはできないだろうとイヴには思った。彼には彼女のような手足はないのだから。
呼吸の事を覚えてしまえば、潜るのも簡単だった。彼女は思う存分、地上とは一味違った川の中の世界を楽しんだ。
イヴはぱしゃりと水面から顔を出すと「ねえ、もっと泳いでいい?」とラファエルに言った。彼女の長い髪の毛は、すっかり水に塗れてぺたりと彼女の体に張り付いていた。
「もちろん!好きなだけやってみろよ、やってみるのはいいことだ」
「いいんじゃないか、イヴ、俺の分まで楽しんでくれ」
蛇の自虐的な冗談にラファエルと一緒に笑って、イヴは川の流れとは反対に泳ぎ始めた。川の流れに従って泳ぐのも心地が良かったが、逆らって泳ぐのもまたやりがいがあるようで楽しい、と彼女は思った。

ふと気が付いたとき、川べりにラファエルも蛇もいなかった。ずいぶん長い間泳いでいたのだろうか。イヴは、かなりの上流に来ていたようだった。それでもイヴは、元に戻ろうとは思わず、そのまま進み始めた。
やがて川底も浅くなり、泳げるようでもなくなった。彼女は濡れた髪を絞ると、浅くなった川の冷たい感触を足だけで楽しみながら、上流へ上流へと進んでいった。

彼女が長く歩き始めてまたしばらくたった時、彼女はあるところについた。そこは、水源だった。エデンの川が流れ出ているところだ。
だが、彼女の目を引いたのはそこではない。
いつの間にか彼女は、不思議な空間に迷い込んでいた。そこは、森におおわれた広場のようだった。イヴの知るどんな森よりもうっそうとしたそれば、広場の外のものすべてを遮っていた。しかし、そこは明るかった。しかも、太陽の光のような強烈さはない。光っているのに、眩しくない。それらは非常に優しい光だった。
底を明るく照らしているのは、二本の木だった。広場には、彼ら意外のいかなる植物も生えてはいなかった。彼らは光の線の集合体のようなたたずまいをしていて、夫婦のように仲睦まじく寄り添い、静かにイヴを出迎えていた。
片方の木は十色もの色、もう片方の木は真っ赤に輝く木の実をつけている。木の実と言っても、それは林檎やイチジクのようなものではなかった。それはカラフルに発光していて、具体的な形を持っていないようであった。
そのとき、イヴはふと気が付いた。片方の木、十色の色の木の実をつけた木に、誰かがいる。彼は、そこに磔にされているように、一瞬、イヴには見えた。しかし次の瞬間、違うと分かった。彼はただ、木の上に居るだけだった
天使だろうか。いや、天使にしては翼がない。しかし、自分やアダムと同じ存在でもないとイヴは直感した。
彼はイヴに気づいたようで、彼女に視線をよこした。
「どうしました?」
彼は言った。
不思議だとイヴは思った。自分は彼を知らない。でも、自分が生まれる随分前、自分は、彼に会ったような気がうっすらとするのだ。
「川を上っていたら、ここに来たの」イヴは言った。
「そうですか、迷いこんでしまったのですね」
彼はふっと微笑んだ。
太陽の光がないこの空間は、明らかにエデンにあるどの空間とも違う異質さを秘めているとイヴは思った。優しくありながら、どこか、無機質であり、非物質的だった、
イヴは急に、この空間に居るのが怖くなった、どこか、自分がここに居るべきではない、と言う印象を受けたのだ。
「どうしました?怖そうですが」
「どうやったら、戻れるの?」
その言葉を聞いて、彼は少し考え込んだ。
「川を下れば戻れます。でも、私が戻してあげることもできますよ」
「お願い、元いたところに戻して!」
彼は彼女のその言葉を聞くと「はい、それでは」と、木の上から指をぱちんと鳴らした。


気が付いたとき、イヴは元いた河原に居た。そばには、ラファエルと蛇がいる。
「あれ、イヴ?どうして急に?」ラファエルが言った。蛇も怪訝そうな顔をしている。
イヴは、川上で自分が見てきたものについて話した。すると、それをまだ話し始めてすぐのうち、彼女が変な空間に迷い込んだという時点で、今まで笑顔だったラファエルが急に真剣な表情になった。
「イヴ!そ、それで……そこに木が二本あったろ!?それになっている木の実を、食べたか!?」
「ううん、食べなかったわ」
その言葉を聞いて、ラファエルはほっと安心したように肩の力を抜いた。ラファエルのその態度を怪訝に思い、イヴは問いかけた。
「イヴ……君が見たのはな、エデンの園の中央だよ」
その言葉を聞いて、イヴは驚いた。
「エデンの園の中央に生えている二つの木のうちの一つ、善悪の知識の実だけは食べてはならない」と言うのがイヴが以前から言われていることであった。あれのうちどちらが知識の実であったのかはわからないが、イヴは改めてそうだったのかと感じ、そして得体の知れない恐ろしさを感じた
「いや……食べてないんならよかった。イヴ。これからも絶対、あれだけは食べてはいけないよ」
「うん、わかったわ」
彼女のその言葉を聞くや、ようやくラファエルも元通りの明るい顔にもどって「じゃあ、どうする?まだ泳いで遊ぶかい、それとも帰るかな?」と何事もなかったように言った。
あたりはすでに日が暮れて暗くなっていたのでイヴは「そろそろ帰りたいわ」と言った。
その言葉を聞いて、ラファエルは普段ガブリエルがするように彼女を連れてアダムのところまで歩きだした。蛇も、来た時のようにイヴの首元に巻きつく。いつの間にか彼女の髪は乾いて、もと通りふわふわとしていた。

ふと、夜空によく響く声が聞こえた。
「あれななに?」
「なんだろうね、ふくろうかな」
ラファエルがそう言う。
確かに鳥の鳴き声のようにも聞こえるが、昼間の小鳥に負けず劣らずの美しい歌声にも、イヴの耳には聞こえていた。イヴはそれを、とても素晴らしい歌だと思った。

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