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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第四話

ある夜、イヴは眠れなかった。アダムも同じだろうと希望を持ったが、隣を見るとアダムはぐっすり眠っている。
何故眠れないのか理由もよく分からなかった。確かに昼間にたっぷり昼寝はしたが、それでも眠れる日などままあった。
月と星明りだけが薄くあたりを照らしているのみで、天使たちもいないので森の奥は真っ暗に等しい。イヴは、寝ようと試みる気にはなれず、立ち上がって夜の森を散歩しようと思った。
天使達を呼ぼうかとは考えたものの、その気にもなれなかった。彼女はたった一人で、暗闇にその身を投じた。

森の奥は、彼女が思っているよりもずっと暗かった。彼女は自分の手がどこにあるのかもわからなかった。視界が通じないので手さぐりと静かな足取りで行く手を遮るものを探し、それを避けて道を見つけるということをイヴは自然に覚えた。
恐怖には感じなかった。普段は鮮やかな緑に覆われて輝いている森が真っ暗と言うのも、またすばらしいと彼女は感じた。どこか、川の中を泳いでいるかのようだった。息ができないのが、目が見えないのに変わったようなものだ。普通に目が見え、息ができる世界と違う世界を遊泳するのはイヴにとって楽しい事であった。

大分歩いたように思えた。アダムのいるところからは大分遠ざかってしまっただろうか。イヴの眼は暗闇に慣れてきていた。昼間のようにはっきりと見えることは当然ないが、うっすらとものの輪郭くらいは見えるようになる。彼女は木の枝を器用に避けて、ひたすらに森をかき分けた。
余裕が出てくると、道を見つけること以外にも感覚が向くようになる。イヴは、夜の鳥の鳴き声を聞いた。ラファエルがふくろうと呼んでいた鳥の声が、彼女に耳には特に鮮やかに聞こえた。
その時、イヴは気が付いた。複数あるふくろうの歌い声の中でも一番鮮やかで、美しいものがあった。それは高く、美しい声でイヴを誘惑するように暗闇の中に響いているのであった。
彼女は、声が聞こえてくる方向がはっきりわかった。そして、そこに向けて歩き始めた。歌声は素直なもので、追ってくる彼女から逃げることはなく同じところで響き続けていた。

そして、イヴが歌声のもとにたどりついたときも、彼女はそこにいたのだ。
彼女の姿が、イヴにははっきりわかった。鳥ではなかった。その証拠に、彼女に翼など生えてはいないし、嘴もない。どちらかと言えば、自分に似た姿だった。人間の姿を、その歌声の主はしていた。
イヴよりも長く伸びた髪の毛は暗闇に溶け込みそうなほど真黒だった。イヴより背が高くすらりと伸びた肢体は、百合の花で飾られていた。しかし、百合は百合でもガブリエルがその身に纏わせる白ユリではなかった。オレンジ色をした百合だった。イヴにとってそれは初めて見る花だった。彼女に見る百合は、全て雲のように真っ白な色をしていたのだ。
目つきはするどく、その顔立ちはガブリエルの柔和さとは対照的なように思えた。しかし対照性はあれど、その美しさは彼女と同じほど、とイヴは思った。その涼やかな歌声に劣ることなく、彼女は美しかったのだ。
ふと、イヴはなぜ暗闇の中彼女の姿がわかるかを不審に思った。彼女は、天使のようにその身を光らせてはいない。彼女の体はイヴの体のように、ともすればすぐに闇に溶け込んでしまいそうだ。彼女は鳥がするように木の枝に座っていたのだが、彼女のすぐ上の枝に丸い何かがぶら下がっていた。大きな木の実の殻を削ってできたようなものだった。その中に入っているものが発光して彼女を照らしているのだと、イヴはようやく理解した。丸い物の中の光は、太陽の光とはだいぶ違うようだった。透明感がなく、赤い。夕日の色には似ている。だが、太陽のように堂々とはしておらず、ゆらゆらとうごめく不定型なものだった。それが、目の前に立つ黒髪の女性の、ガブリエルとは対極にある美しさを象徴しているようにも見えた。
その主もイヴに気が付いたようだった。彼女はイヴのほうに顔を向けて彼女を見据え、程よくぷっくりとした唇を動かして、笑いかけて見せる。それでいて、歌うのはやめなかった。イヴを聴衆として認めた、と言った風であった。
暗闇の中に響き渡るその歌がおわった時、黒髪の女性は「こんばんは」と歌の延長にその言葉があるように、リズミカルに告げた。
「こんばんは。ねえ、貴女は誰?綺麗な歌ね」
イヴも、彼女に向かって笑ってそう言う。黒髪の女性は彼女のその問いにすぐ返答した。
「リリス。あたしの名前はリリスよ」
少し低い声だったが、話し声も彼女の歌同様聞いていて心地の良いものだった。リリスは長く、非常に細く伸びた指が五本付いた手でイヴを自分の方に招いた。
「そんなところに居ちゃ、話しにくいでしょ。こっちにいらっしゃい」
イヴはその言葉に答え、素直に彼女のいる大木に昇り始めた。木はごつごつしていて曲がりくねっていて、足場になるものは非常に多かったので木登りをするには容易かった。あっという間にイヴはリリスのいる所までたどり着いた。
彼女はそこで初めて、リリスのいる枝が異常に苔むしていることが分かった。いや、苔むしているわけでもない。苔をちぎってきて、枝の上に敷き詰めているのだ。おかげで枝のうえは草地のように柔らかくしっとりとしていて、彼女の素肌を優しく受け止めた。
イヴは、リリスの隣に座った。リリスは身長の低いイヴを見下げて「貴女のお名前を当てましょうか」と言った。
「できるの?」
「できるわ。貴女の名前はイヴね」
彼女は当然と言ったようにそう答えた。それを受けて、イヴは驚く。リリスはイヴのその反応を面白そうに笑い飛ばした。
「知っているわよ。天使たちが話していたもの。アダムの新しい伴侶の話をね」
「アダムの事も知ってるの?」
「ええ、勿論知っているわ」
「すごい!すごいのね、貴女」
リリスの顔が、ぶら下がっている揺らめく光に照らされた。イヴは、その不定形のものが光だけではなく熱をも持っていることが近づいてみることでよく分かった。
明らかに固体ではないが、液体でも、空気のような存在でもない。光そのものですらないようだった。
「これが気になるの?」リリスは指差して言った。
「火、っていうのよ。とても素敵なものよ」
「そうなの」イヴは言った。
「初めて見るの。本当にきれいね」
「ええ。触ってみる?」
リリスにそう言われるまま、イヴはオレンジ色に輝くそれに向かって手を伸ばした。しかし、触れることはなかった。近づけば近づくほど、それは尋常ではない温度を持っているということが肌で分かったからだ。降り注ぐ太陽の光のような暖かさではなく、自分の体を傷つけ得るものだということを彼女は本能的に悟った。彼女は慌てて手を引っ込めた。
「触らないの?」リリスは残念そうに言った。
「うん。怖いから」
「あらそう。ならいいのよ。あたしも火には触れないわ。熱いから。火は、こうして少し離れて当っているのが一番だわ」
彼女のその言葉に、イヴも同意した。
「ここで何をしていたの?」と言ったのはリリスだ。
「眠れなかったの」
「ええ、眠れない夜はあるわね。それで?」
「散歩していたら、貴女の歌声を聴いたのよ。すごくきれいだったから、もっと近くで聞きたいと思ったの」
「あらまあ。それは光栄だわ。ありがとう。イヴ」
「どういたしまして。リリス、貴方はなんでここで歌ってたの?」
今度はイヴが質問をする番だった。リリスはあっさりと「あたしがここに住んでいるからよ」と言った。
「あなたもエデンの住人なの」
「ここはエデンなんだから、当然じゃない。変なこと言う子ね」
「じゃ、私のお友達?」
「なんですって?」リリスは怪訝そうに言った。「エデンに居るのはみんなお友達だって、天使が言ってたわ」
その言葉を聞いて、リリスはケラケラと笑う。「良いわ。そういうことなら、貴女とあたしは確かにお友達よ」
そして、彼女はイヴを片手で引き寄せ、彼女の体に密着させた。イヴはリリスの肌を不思議なもののように思った。彼女が今まで味わったことのない感触だった。リリスは、本当に自分と同じような姿をしている。だから、動物のようにふわふわとした毛皮は彼女にはない。かといって、蛇のように固いうろこでおおわれているわけでもない。天使たちのように光り輝く非物質的な感触もなかった。リリスは確かに物質的な存在だった。アダムの肌はかなり近しいものだった。だが、リリスの肌はアダムのものよりも柔らかく、繊細である。一番近いのは、自分を自分でなでた時の感触だと、イヴは思った。
自分ではない、だがこのエデンで一番自分に近い物の素肌の感触に触れ、イヴは幻想的で非現実的な思いをした。
リリスは長い腕を伸ばして、彼女を自分の胸元にうずめた。彼女の胸には大きく膨らんだ隆起がある。イヴは自分にも、大きさは違えどそれがあることにその時初めて気が付いた。生まれてからずっとあったはずなのだが、その存在をはっきりと意識したことは覚えはなかった。彼女のそれを感じることで、イヴは自らのそれをも意識したのだ。
「ねえ」と、イヴはそのままの状態で聞いた。
「アダムを知っているの?だったら、アダムのお友達でもあるの?」
「いや、あたしとアダムはお友達でも何でもないわ。ついでに言うなら、天使ともね」
リリスに抱きすくめられているおかげで、イヴはリリスの顔は見えなかった。ただ、彼女の軽やかな声のみが上から降り注いでくる。エデンにもたまに降る雨のようなものだった。
「そうなの?じゃあ、なんで知ってるの?」
「お友達でなくても知りあうことはできるからよ」
リリスはそう言って、イヴの赤みのかかった髪の毛を手ぐしで梳いた。
「素敵な髪の毛ね」
「ありがとう。リリスの髪の毛も素敵よ」
イヴが言うと、リリスはそのまま彼女の頭を撫でた、そして、自分の胸元から解放する。
「お腹がすいたでしょう、食べない?」
彼女は苔の中から、果物を取り出した。それも、イヴが初めて見るものだった。林檎のように丸くなく、三日月のように湾曲した細長いものだった。色は鮮やかな黄色をしていて、ところどころが茶色くなっていた。
イヴは「うん、食べる!」と元気よく返事をすると、自分の方によこされた一本にかぶりついた。しかし、彼女は驚いてすぐに口を離してしまった。
お世辞にも美味しいと言える味ではなかった。厚い皮を噛んで出てきた汁は甘い果汁には程遠い、苦みと酸味の混ざったような刺激的な味だった。おまけにまっすぐ縦に入った繊維はとても固く、噛みきれない。ありていに言えば、まずい。イヴは嫌そうにして、彼女の口の中に広がったその不愉快な味を唾液で洗い流そうと試みていた。だがリリスは彼女のその様子を見ておかしそうに笑った。
「イヴ、これはね、こうして食べるのよ」
そう言って彼女は、三日月の頂点にある茎のようなものを持って下に引っ張った。リリスが引くとすとんと皮は縦に裂ける。裂けた中から、白い、細長い果肉が現れた。
「食べるのはここよ、中の部分だけ。どうぞ、イヴ」
彼女はそう言って、細長いそれをイヴの口元に差し出した、彼女はそれにかぶりつく。なるほど、これは食べられる味だった。
液状の果汁には乏しかったが決してまずくはなかった。柔らかくまろやかで甘い果肉は、先ほどのまずい味を覆い隠した。イヴは先端を噛みきって、咀嚼して飲み込んだ。
「ありがとう。美味しいわね」
「でしょう?バナナって言うのよ」
リリスはその名前を言って、イヴが一口食べた後のそれを自分でも食べた。イヴも、自分が先ほど皮にかぶりついたものをリリスがしたような手順で向いて、食べる。なるほど、アダムの言うとおり、全てのものが同じように美味しいというわけではないらしい。しかし、皮さえ剥いてしまえばバナナはとても美味しかった。
「これ、見たことないわ」
「貴方がこれが生えているところに行ったことがないだけよ。そこにはたくさんあるわよ」
「そうなの?リリス、貴方がつけているオレンジ色の百合も、私初めて見るわ。百合って白い物じゃないの?」
「そんなことないわ。エデンの北のあたりに行って御覧なさい。そこに生えている百合は皆オレンジ色よ」
バナナの味をゆっくりと味わうイヴに対してリリスの食事は非常に速かった。彼女は食べ終わって残った皮を気の上から放り投げた。そしてそれは、茂みの中に落ちた。リリスの頭上の火の光はうっすらとだがそこまで届いていて、茂みの中に不恰好な黄色い花が咲いたようだった。
「もうお帰りなさい、イヴ」彼女は唐突にそう言った。
「なんで?私、まだリリスと話してたいのに」
「話すことはまた出来るわよ。どんな夜にもできるわ」
彼女はそう言って、イヴが食べ終わった後のバナナの皮を彼女の手から預かった。そして、同じように茂みの中に投げ、不格好な花は二輪になった。
「イヴ、いいこと?あたしと会ったのは秘密にしておいてね。あたしと会うときは、ずっとあたしたち二人だけよ」彼女はイヴの頬を片手で抱いて、ささやくようにそう言った。
「なんで?リリスは私のお友達でしょ。お友達は、皆で遊びたいわ」
「あら、そう?でもねイヴ、二人っきりだけの秘密のお友達って言うのも、それはそれでいいものよ」
リリスはにいっと笑いを浮かべて言った。彼女の鋭い目が穏やかに細められる。その言葉を聞いて、イヴは確かにそれも悪くないような気がした。
「うん、わかった」彼女は言った。
「お約束よ、イヴ。破っちゃだめだからね」
リリスはそう言って、木を降りるイヴを見送った。再び真っ暗な森に戻ると、もうリリスの住処の火は見えなくなった。
暗い闇に、再びリリスの歌声が響いたような気がした、イヴはその中をひたひたと歩いた。
ふと、彼女は気が付いた。帰り道を覚えていない。それはそうだ。真っ暗な中、法学など分かるはずもなかったのだから。
しょうがないので、イヴはひたすら暗い森の中を歩いた。眠くなって寝るまで歩こうと思っていた。


気が付いたとき、あたりは明るくなっていた。森は暗闇の世界ではなく、光に満ちた緑色の、イヴがよく知った世界になっていた。
「おはよう、イヴ」と声をかけるものがあった。振り返ってみると、蛇がそこに居た。
「蛇さん!おはよう!」
「なんでこんなところで寝てたんだ?」
蛇は至極まっとうな質問をした。イヴはそれに対して、答えようとした。だがすぐに、リリスとの約束が思い返された。
リリスとの仲は誰にもばらしてはいけないのだ。彼女は友達は友達でも、秘密の友達なのだから。だからイヴは、そのことだけは隠すようにした。
「夜にね、眠れなくなったからお散歩してたの。そしたらアダムのところに帰る道がわからなくなったから、ここで寝ることにしたの」
「そうか……」
蛇は半ばあきれたようだった。だが、イヴの隠しごとに気が付いているといった様子ではなかった。「アダムのところに帰るんだな。きっと心配しているぞ」蛇が言ったのはそれだけだった。
イヴはその様子が、不思議と楽しかった。なるほど、たったお互い同士しか知らない秘密の友達関係と言うのも、リリスの言う通りなかなかいいものだと彼女は思った。

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