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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第四十六話

ベナヤとナアマが宮殿についたとき、ちょうどソロモンはいないということだった。ベナヤは彼女を庭園にある、人の寄りつかない東屋にいれて、彼女を問い詰めた。
「ご説明していただきたい。なぜあのようなことをしたのですか」
彼の眼は血走っていた。おそらくは怒りによって。
ベナヤは火打石を使って東屋のランプに火をともした。ランプの光のもとで浮かび上がってきた彼女の表情は、血の気が引けていた。
「ベナヤ」やっと口を開いたナアマが言ったのは、質問に対する回答ではなかった。
「夫が、貴方にこれをしろと言ったの?」
彼女の声は震えていたが、同時に少しばかりの希望もあった。言うに及ばず、それはこれによってソロモンを落胆させられるという希望だった。だが、それは報われることがなかった。ベナヤの口から出てきたのは「いいえ」と言う言葉だったから。
「いいえ。王妃殿下。これは私の独断です。陛下は、このことを少しもご存じありません」
「あなたの独断?何もかも、貴方が勝手に動いているだけだというの?」
「はい。ナアマ様、貴方は一体、なぜあのようなことを……」
ナアマはその言葉を聞いて、当てが外れたことにガカkリした。ふと、彼女は悲しくなった。
「何故、ですって?」
彼女は絞り出すような声でそう言う。
「何故ですって?なんでそんなことを言えるのよ。普通に考えればわかるでしょ」
彼女の声は恨みがましかった。うつむいてしまっているせいで、ベナヤに彼女の表情は見えなかった。
「分かりません!あなたはなぜあのような不義を」
「妻が何か月も毎晩出歩いていて、それを全く気にもかけない頓着しない、そんな夫の妻の身になったことがあって!?」
彼女ははじけるようにそう言った。
「嫌っていた存在と無理矢理結婚させられた身になったことがあるの!?そのくせ愛してもらえないものの身になったことはある!?毎日毎日、あんな夫にどのような面でも服従しなくてはならない屈辱に身を置いたことがある!?私は、私は王女だったのよ!幸せだったのに!あいつによって何もかも壊されたの!そんな夫のもとを抜け出して、たかだか百や二百の男と契ったからと言って何が問題だって言うのよ?!ベナヤ、言えるもんなら行って御覧なさい!」
「王妃殿下、お言葉ですが、それであっても問題です!」正義感の強いベナヤらしい言葉だった。
「貴方様のお立場には同情も致します。しかし、貴方は国王陛下の妻ではありませんか。妻は夫に貞節を誓うものです。普通の夫婦であれば、みんなそうです!」
「普通!?普通と言ったの!?何を言っているの!?そんな言葉、私達には通用しないわ!だって、ソロモンは普通じゃないじゃない!」
ナアマはそう怒鳴った。暗くなり人気の少ない王宮だから誰にも聞かれてはいないだろうが、これが昼間なら間違いなく人が集まって来ていたことだろう。
「ベナヤ、貴方だってあの男にそばで仕えているから分かるでしょう!ソロモンのどこが普通なのよ!?言ってみなさいよ!あの男ほど普通からほど遠い人間なんていないわ!あれは狂人じゃない!」
「王妃殿下!」
「何よ、口が悪いなんて言い方は聞かないわ!狂人を狂人と言って何が悪いの!?あれは頭がイかれているのよ、生まれつきの気狂いだわ!あれは容姿もおかしいけど、でもそれ以上にずっと中身がおかしいのよ!」
彼女はソロモンに対する恨みつらみを爆発させるようにそう言った。
「女が夫のもとを抜け出して男と契ることがなぜいけないのよ!?男は皆何人も女を相手にするじゃない!それと同じことを女がやることが、なぜいけないのよ!不平等じゃないの!そうされたくないのなら、まっとうな人間になればいいんだわ!好かれる価値のある人間になればいいだけなのよ!それもしやしない気狂いに貞節を誓ってやる価値なんてないわ!だって、彼らとするほうが何倍も、何倍も楽しいんですもの!」
「王妃殿下!あまりにもお言葉が過ぎますよ!」
ベナヤはたまりかねて、彼女に負けない剣幕で怒鳴った。
「ソロモン王は立派にイスラエルを治めておられるではないですか!あなたの事も王妃としてきちんと面倒を見ているではありませんか!貴女が言うように他の女と浮名を流すような真似もしてはいない!なぜそのようなことをおっしゃるのです!」
「さっきも言ったでしょう。無理に結婚したくせに愛してもらえない屈辱なんて、当事者にしかわからないわ」
ナアマは突き刺すように言った。
「幸せな結婚をしたかったのよ。私の事をちゃんと愛して、可愛がってくれる素敵な夫と結婚するのをずっと夢見ていたのに。お姉さまたちのように。なのに、なんで私に来るのがあんな夫なのよ!私が何をしたって言うのよ!何も悪い事なんてしてないのに!
彼女がうつむいたまま、ぽろぽろと泣き出したのがわかった。その涙を見て、さすがにベナヤも怒りよりも戸惑いが出てきた。彼はナアマを泣き止ませようとした。だが、ナアマは泣きながらも起こったような口調で言った。
「ベナヤ。貴方だって覚えているでしょう!?貴方が一番わかるはずよ、あれのそばにいちばんいる貴方なら、あれがどれだけ狂った男か、分かるでしょう!」
その言葉を聞いて、ベナヤも揺るがされるものがあった。


確かに、ソロモンは普通ではない。ベナヤはそれを認めた。何にせよ、彼は自分の母親を殺せとベナヤ自身に命令してきたのだから。あの日の事は彼は鮮烈に思い出せる。
ソロモンは彼女の死体の前にやって来て、一切の名残惜しさも見せなかった。かえって、彼は喜んだ。その喜び方には、確かに異常なものがあった。
いくら実の兄と契るような女とは言えど自分の母が死んでここまで喜べるものだろうか、と。彼を幼いころから知る人物ならともかく、彼と母親の確執をそうは知らないベナヤに、彼の態度は非常に鮮烈だった。
それに、ベナヤはまっとうに家族に愛されて育ってきた。だから彼の中では、血のつながった家族と言うのは愛すべき存在であって当たり前なのだ。それだというのに、ソロモンは自らの家族の死を全く悲しまなかった。ベナヤの中では、家族の死と言うのはいくらかであっても悲しんで当たり前の事であるのに。確かに彼も家族といくらかの確執を抱えたことはある。しかし、それでもいとおしいのが家族と言うものだ。
ソロモンには彼のその常識が一切通用しなかったのだ。彼は全てを拒絶し、息子と言うものが本来であればこの世で最も愛しく思うはずの母親を憎んでいた。

そのことを思い出してしまうと、ベナヤもいつの間にか大声でナアマを責められなくなっていた。ソロモンは、確かに普通ではない。
彼は、不要になれば自分もあっさり切り捨てるだろう。そういうことのできる人物であると、ソロモンのすぐそばに居ることでベナヤはひしひしと感じていた。
もともと、ソロモンと自分は台頭には程遠いのだ。自分はソロモンがいなくては生きのこっていけなかった。ソロモンにとっては、仕方なく生かしてやるだけの存在にしかなれなかったというのに。
彼は人に普通なら感じるはずの情など感じてもいない。ベナヤの中で、その思いはどんどん膨らんでいった。
妻を愛していないことも明らかだ。ほかの女と浮気する事こそなかれど、それはただ単にそもそもソロモンがどこか性自体を嫌悪しているようなところがあるからであって、どう考えてもナアマ一人に貞節を誓っているからではなかった。
彼の義憤はいつの間にか行き場をなくしていた。ナアマに同情すべきであるようにも思えた。確かに、何不自由ない王女のみで育ってきたのに、不幸な生活ではあるだろう。


それでも、とベナヤは自らの心を奮い立たせた。
それでも、姦淫は許されないはずだ。このような淫乱な行為は、絶対に悪なのだ。
ベナヤはなんといったのかも覚えていなかった、ただ、淫乱は悪だ、と主張したと思う。
しかし、ナアマはそれすらもさえぎった。そして、言った。
「淫乱が悪?何を言っているのよ。悪だというのなら、その証拠を出してちょうだい。姦淫することが、何故悪なのよ。人を殺すのが悪いのは分かるわ。ものを盗むのもね。だって、それは何か実在するものが明らかになくなるから。でも、男と交わったからって誰が死ぬわけでもないし何がなくなるわけでもないじゃない。貴方が見つけるまでは、私だって全く無罪だったのよ。ねえ、なんでそれが悪なのよ。説明しなさいよ。なんで女に生まれたってだけで、あんな狂った夫にすら貞節を誓わなければならないのよ」
ナアマの言葉に、ベナヤは反論することができなかった。彼は生真面目だった。なぜと言われれば、何故だろうか。結局は貞節の問題になってくる気がする。しかし今度は、そもそもソロモンが夫としてそこまで彼女にとって大切な存在たり得るかと言う問題に突き当たってくるのだ。
ベナヤは言葉をなくした。ただ、それであっても姦淫はいけないというのみだった。そんな言葉でナアマを動かせるはずもないことをわかっていながら。

ナアマは、ふと目を上げた。そして涙で流れた化粧を一気に安い衣装の袖でぬぐった。
「貴方がそこまで言うのなら、もうこんなことはやめるわ」
「そうですか」
ベナヤはやっと我に返ったというように、精いっぱい喜んだ声を出してそう言った。だが、ナアマの顔は悲しそうだった。
王妃の威厳はまるでなく、そこにあるのは、ただ一つの楽しみも剥奪された哀れな女の顔だった。それが、ランプの光に照らされていた。
「つらい……私、つらいわよ、ベナヤ!」
彼女は本格的に泣き出した。
「こんな生活、もういや!つらいのよ、苦しいのよ!」
ベナヤは彼女を泣き止ませようと、あわてて彼女のそばに寄った。彼女はベナヤに体を持たれかけさせて、彼に泣きつく。
「アンモンに帰りたい!王女だったころに戻りたいわ!イスラエル王妃なんてもういや!」
彼女はまるで子供のように、素直に泣いた。ベナヤも起こる気がすっかり失せて、彼女のするがままにさせておいた。


彼女は長い間、ベナヤの背の高い、たくましい体に寄り添って泣いていた。ふと、彼女の心に沸き立つものがあった。
「ベナヤ」彼女は言った。
「どういたしましたか」と彼が答える前に、彼女の細い腕は彼を描き抱いた。
「私を抱いて」
その言葉を聞いて、ベナヤは当然驚いた。「何を言われますか!」
「お願い、抱いて、抱いてちょうだい。抱いてくれたら、私もあんなことをしなくて済む。貴方は……貴方は、優しいんですもの」
「優しい?」
ベナヤの言葉に、ナアマも涙声で返答する。
「イスラエルに来て、こんなふうに……こんなふうに、私を寄りかからせて、慰めてくれたのは貴女が初めてなんですもの。おねがい、ベナヤ。抱いてちょうだい。つらいの。とても、悲しいの」
そして彼女は、ベナヤに強引にキスした。
ベナヤは真面目に生きてきた手前、女と言うものはあまり触れたことがない。そのため、自分に密着してくる柔かい女性の体の感触と、ふわりと香香水の匂いは彼にとって目をちかちかさせるほど刺激的だった。
「なりません、王妃様」彼は言った。しかし、その言葉は何処か弱弱しかった。
「お願い」
彼女はもう一回、言った。そして彼の首を掻き抱いた。


東屋のランプが消え、二つの人影が去っていく。一つのほう、ベナヤは王宮に入ると、一人の奴隷に向かって聞いた。
「陛下はお帰りになられているか?」
「いいえ、まだ」
不幸中の幸いのように思えた。少なくとも、自分は主君のいる所でその妻と契るような罪は犯さずに済んだ。
初めて味わう女の体の味が、ベナヤの体にありありと残っていた。ふらふらとその熱を様るようにさまよっているうち、ベナヤはあの、アドニヤとバテシバの不義密通を見た日の事を思い出していた。あの時あれを見て義憤に満たされた自分すらも、時を経て同じ罪を犯してしまったのかと。
「(いや!違う、断じて違う!彼らは欲情のためだけにあれを行っていた、俺は違うのだ!俺はただ、お可哀想なナアマ様を、少しでも救って上げられればと、そうしたのだ!あれらと一緒にされる筋合いなどない!人助けがなぜ、罪となろうか!)」
彼は心の中で必死にそう自分に言い訳した。その時だった。
「どうした、ベナヤ?」
う色からそのような声が聞こえてきた。驚いて振り返れば、そこにソロモンが立っていた。
「へ、陛下!?お帰りになられたのですか!?」
「つい今な。どうしたのだ、そんなにうろうろしていて」
「なんでも…ありません。なんでもないのです。じき、家に帰ります」
ソロモンは「そうか」とだけ言って、自分の部屋に帰ろうとした。いくらなんでもここまであからさまに不自然なことに彼が気付かないはずがない。彼でなくても気づく。だからおそらく、気づいていないのではなく、ベナヤの一度では明かさない程度の異常など自分にとってはどうでもいいと判断した、とでも言ったところだろう。
彼は、一瞬ソロモン王にナアマの件を言おうとした。しかし、ためらい、結局なんの言葉も出てこなかった。白い髪をなびかせた後ろ姿はそのまま足音一つ立てずに消えていった。

ベナヤは悩んだ。自分は主君を裏切ってしまったのだ。ナアマが夫を裏切ったように。ふと、ナアマの言っていた姦通がなぜ悪いのか、と言う言葉を思い出した。そして、ソロモンは貞節を誓ってやるほどいい夫ではない、と。
ベナヤの中にある、必死に自分は悪くないと主張したがる気持ちが、その台詞を発展させた。ナアマが彼をそう言うように、自分も、ソロモンにそこまでの忠義を誓ってやる義務などあるのか、と。給料分の働きはちゃんとしているつもりだ。それに、ソロモンは必要とあらば自分を裏切るだろう。殺すだろう。あれは、家族ですら殺せる男なのだから。そんな君主に、そこまでの絶対忠誠を誓う義理などあるのだろうか。それに殺しや盗みとは違って彼女の言うとおり、何も失うものはないのだから。
ベナヤはそんな自分の思考に気が付き、必死でそれを押しとどめようとした。こんな問答は高等すぎる、ソロモンのような人間ならばともかく自分のような凡人が考えるべきではない、と彼は一所懸命に彼自身に言い聞かせた。形容しがたい感情に心が押しつぶされそうになり、苦しかった。
帰るとき、彼の眼には後宮が映った。ナアマが住んでいる場所だ。ベナヤはそれを振り切るように夜の街に出て、自分の家に帰った。

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