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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第十四話

アハブの追っ手から追われることもなく、エリヤとエリシャは荒野に逃げた。
「ここまでくりゃ大丈夫だろ」エリヤは言った。
「エリシャ、平気か?」
「大丈夫です、師匠」
そんな言葉を交わして、彼らは近くにあった洞窟に逃げ込む。炎天下の陽光を逃れて彼らは一息ついた。
「あの……師匠」
「ん。なんだ」
「その……良かったです。またこうして、会えて」
「何言ってんだよ。後から追いつくって言ったのはお前だろ」
エリヤは笑った。
「ああ言ってくれたから俺も逃げられたし、お前だって助かったんじゃねぇか。ありがとな。お前は本当にいい弟子だよ」
彼にそう言われて、エリシャも照れ笑いをする。
「(でも、そもそもあそこで僕が手さえ離していなければこんなややこしい事にも…)」
ふと、彼は自分の手の甲についた傷に気が付いた。
そうだ。あの時、自分は手の甲を何かに急に切り裂かれた気がしたのだ。それは黒い薔薇のような、矢のような何かでイゼベルの方から飛んできたような気もする。しかし、それがなんであろうとイゼベルがそんな真似をできるだろうか。
エリシャに、アスタロトは見えていなかったのだ。彼にとっては急に、何かよく分からないものが飛んできて自分の手が傷つけられただけだった。
エリシャは急に、そのことが気になってきた。彼はエリヤに、その傷を見せながらそのことを話した。話を聞き終えた時、エリヤは神妙な顔をしてエリシャに告げた。
「エリシャ……俺も感じてたよ。得体のしれねぇもんが飛んでくる、って感覚。ひょっとすると……ただ事じゃねぇことが起こっているぞ。お前の傷……これ、人間がつけたもんじゃない」


イスラエル王宮でイゼベルはアハブの部屋の前に立ったきりだった。彼女がノックしても、アハブは「一人にしてくれ!」と言うのみだ。彼女を部屋にすら入れようとしない。
アハブはすっかりおびえているようだった。エリヤの預言の事を気にしているのだろうと彼女には思えた。考えれば考えるほど、エリヤが憎々しい。あの男は何回イスラエル王国を貶めれば気が済むのだろうかと彼女は地団太を踏んで悔しがりでもしたい思いだった。
やがてイゼベルも観念して、アハブの部屋の前から立ち去る。そして、例の地下の神殿に行った。
「アスタロト様!」
彼女がアスタロトの名を呼べば、すぐさま、そこにアスタロトの白と黒の体が浮かびあがった。
「イゼベルよ……エリヤは捕まらなかったのか」
「申し訳ありません。アスタロト様……またしても、雲がくれです」
アスタロトは悔しそうに舌打ちした。
「お教えください、アスタロト様。なぜ……なぜ、あの男を捕まえられないのでしょうか」
「何故だと!?理由など知れているわ、イスラエルの神と名乗るもの…偉大にして唯一なる真の神ベルゼブブ様にこそ許される賛辞を傲慢にもその身に受けうぬぼれている偽物の神が、奴に肩入れしているからだ!」
アスタロトは荒々しく言った。
「私も私の力を使い、奴らの居場所を突き止めようとした。……だが、無駄だった!イスラエルの神が、奴らを捕まえ殺すことを妨害しているのだ!どこに居るのかもわからん。あの、ベルゼブブ様の敵が……」
「あれは……私たちに不幸な預言をしました」
「ああ、聞いていたとも」アスタロトはうなずいた。
「イゼベルよ、偉大なるベルゼブブ様はたたえられなくてはならん。お前が宗教改革を行っていたあの時代、あのイスラエル王国の燦然と輝く正しき時代のようにな。お前はもう一度聖なる時代を作り出すために、人間の中で我らの使徒たるべき存在だ。断じてあってはならん。あの呪われた偽神の預言が成就することなど」
「はい」
「今回こそ逃してしまったが、イゼベルよ。わかっているな。呪われた神の卑しき使徒、エリヤに制裁を与えるのだ。それこそが、何にもましてすべきこと」
「はい、承知しております。アスタロト様」


自分の部屋の中で、アハブは苦しんでいた。彼は誰もいない中、荒布の上に横たわっていた。
「(私が……私が悪いというのか?すべて私のせいなのか?神ではなく、私の?)」
彼の頭に浮かぶのは、エリヤの恐ろしい預言ではなかった。どちらかと言えば、エリシャの言葉であった。
エリヤのような無礼で荒々しい物言いではなく、田舎者らしく洗練されてはいないがそれでも精一杯に礼儀正しく、たどたどしく話そうとした少年が自分に言った言葉が、彼に突き刺さっていた。
全て自分が悪い。自分が慕われないのは神が自分に意地悪をしているからではなく、自分がイスラエルに人民に好かれることをしてこなかったからだ。自分が舐められているのは神が自分を見捨てているからではなく、自分が弱気であるからだ。
そして、神は厳しくもする。だが、時として優しくもする。神は、自分を甘やかすためだけに生まれた存在ではない。
なぜそのようなことが言えるものか、と、アハブは最初の方こそ彼らを馬鹿にし、毒づいた。彼らに自分の不幸がわかるはずがない。あんなに気ままに生きていける身分のものが、王として多大な重圧を感じて生きている自分のつらさなど分かるはずもないのだ。民衆はいつも勝手だ。上のものを悪人扱いしていれば気が済むのだから。そう思っていた。
だが、考えが進むうちに、どんどんエリシャの言葉が忘れるどころか心に食い込んできた。あの少年は、怒ってはいなかった。むしろ、つらかった時、苦しかった時を思いだしているようだった。
彼らを苦しめたのは誰だったろうか?神か?それとも、自分だったろうか?イゼベルは何人も、宗教改革に乗り気でなかった人物を殺した。自分はそれを黙認していた。確かに、彼らが何よりも頼りたかったのは、自分ではなかったのだろうか?
人民の声など、聞いたこともなかった。彼らは皆馬鹿で、何一つ理解していないと思っていた。
しかし、彼らもまた少なからず悲しんでいたのだ。あの少年のように。そのことが彼に、初めてわかった。
次第にアハブは、怒りではなく悲しみに自分の体が満たされるのがわかった。彼は、何も食べる気にはなれなかった。誰も部屋に入れず、断食をした。


「(主よ)」
断食が数日続いた日の事だった。彼は、どこに向かって言うべきなのかもわからないまま、ただ、その言葉を頭に浮かべた。
「(もしも我が祈りが届くのであれば、私にまだ祈ることが許されているのであれば、どうか、この私が悔いることをお許しください)」
彼が主に向かって言った言葉は、それであった。
我ながら厚かましいとアハブは思わないでもなかった。だが、それでも彼は言いたかった。バアルに向かって妻と共に手を合わせたその手を、イスラエルの神に差し伸べよう。イスラエルの神は、存在するのだ。イスラエルに干ばつを起こし、雨を降らせた。自分が目をかける預言者エリヤとその弟子を何回も助けた。全て偶然の一致と言うには、できすぎた話だ。神はいるのだ。そして、自分はそれを侮辱していたのだ。
「(神よ、あなたがもし残酷なだけではなく、モーセ達をエジプトから逃がした時のように慈悲深い存在であれば、どうか私の願いをお聞きください。私は、イスラエル王として死にたい。私の悪名は消えぬでしょう。私は悪なる王として、歴史にその名を留めるでしょう。しかし、イスラエルの主よ、もし貴方のお慈悲が私を許すのであれば、私は最後だけは、最後だけはイスラエルの王として死にたい。私の死を嘆くものが、この世に少しでも多くあってほしい。私は悔いましょう。バアルを拝し、貴方の忠実であった人民を、そして罪なきナボトを無駄に殺した自らの罪を。そして、私のみならず、私の家族の罪を、私は悔いましょう。あの少年の言うとおりです。私は確かに、罪深い存在でありました。自らの罪をすべて貴方に責任転嫁していた、子供のような王でありました。主よ、しかし私にも、慈悲をかけてください。犬死には嫌です。裏切り者の家に生まれたものには、犬のごとき最後しか許されないのでしょうか)」
アハブの言葉は懺悔であり、苦しみの表明であった。彼は自分の弱さを実感した。自分は罪深い存在である。しかし、それで自分を地獄に落としてくれとは言えない。自分もまた、救われたいのだ。彼は無力な子供が悪さをしてしまい、親に懺悔しつつも許してもらえるようすがるような気持ちで、神に、声には出さねど自分のありったけの感情を吐露した。
身から出たさびと自分の事を糾弾するのは簡単ではなかった。だが、彼は泣いている間に不思議な気持ちに襲われた。誰かがそばに居るような気がするのだ。それは、彼の母よりも、イゼベルよりも暖かく彼を包んだ。彼は思い切り泣き、荒布を濡らした。


そこは、白い空間であった。どこであるのか、はっきりしない。真ん中に大きな存在がいた。それは、玉座に座っていた。
その場に集まっているものがある。あれは軍隊だろうか?だって、武器を持っている。しかし彼らは、人間ではなかった。ミカヤにはそのことが分かった。
ミカヤはその場にいるのではない。ただ、見えているのだ。
真ん中の存在が口を開いた。
「来るべき運命の日、アハブを唆しラモト・ギレアドに攻め上らせ、戦死させるものは誰か」
アハブ?ラモト・ギレアド?戦死?ミカヤは突然出てきた言葉に戸惑った。だが彼の戸惑いなど露知らず、周りに控えている兵隊の一人がその前に立ち、言った。中性的で美しい姿をしたそれは、白い百合のつぼみにも似た真っ白な矢をその背中に背負っていた。
「私がそれを行いましょう。貴方様のご命令とあらば私はその時、アハブの預言者たちに、アハブが戦場に向かい、勝つと言う預言を言わせます」
「お前ならばそれはできるであろう」玉座に座る存在は言った。
「来たるべき日になった時、行ってその通りにするがよい。だが、これだけは忘れるな。預言者エリヤにも告げたとおり、私はアハブの命がついえるまで、アハブの家に危害は加えぬ。あの男は自らの罪を自覚し、我が前にへりくだったからだ」

そこで、そのビジョンは終わった。ミカヤの目の前はふいに現実世界となった。ミカヤは驚いて、自分の寝床から起き上がった。
何度目を瞬かせてみても、目に入るのは真っ暗な自分の家の壁だけだ。あのような真っ白な世界ではない。
「(……あれは、一体!?)」彼は戸惑った。
「(アハブを戦死させるもの?ラモト・ギレアド?)」
ラモト・ギレアドとはアラム王ベン・ハダドに抑えられているとある城壁都市である。昔はイスラエルの土地であった。しかし、アラムの台頭により奪い去られてしまったものの一つなのだ。以前のアフェクの戦いでイスラエルはアラム王から失地回復をしたものの、ラモト・ギレアドは依然としてアラム王の手にあったのだ。

「(この前もボクの目に見えた……アハブが、戦死するビジョン。そんな、まさか?だってボクには預言の力なんてない。エリヤみたいなことはできない。……でも、神の預言じゃないとしたらこれはなんなの?あれは……あの玉座に座っていたのは、間違いない。あれは、確かに、神様だ。夢にしては鮮烈すぎる。ボクは……ボクは、あれを見せられたんだ。きっと、神様に……)」



数日後の事だった。アハブは相変わらず部屋から出てこないので、イゼベルもいい加減辟易していた。その時だった。ダマスカスから使いが来たという話がイゼベルの耳に飛び込んできた。
「陛下は今、他人とお会いになりません。私が話を伺いましょう」
そう言ってイゼベルは、自らがダマスカス王ハダドエゼルの使者と面会した。

「実は、最近のアッシリアの台頭にあたって、わが王からアハブ様にお頼みがあって来たのです」ダマスカスの使者はそう言った。
イゼベルも知っていたが、ここのところアッシリア王国の勢いには目を見張るものがあった。それは、イスラエルはもちろんのことシリア地方の諸国全てを脅かしかねないほどだった。
ダマスカス王はそれにあたって、周辺諸国にかたっぱしから対アッシリア同盟を組みアッシリアと戦争をする提案をしていたのだ。そしてアハブにも呼び声がかかったというわけだ。
「そのような話であれば、決断は王に仰がねばなりません。申し訳ありませんが、しばしお待ち下さい」イゼベルはそう言いかえした。

イゼベルはダマスカスの使者を面会室にとどめておき、いまだに部屋から出てこない夫に、扉越しにそのことを事細かに伝えた。
「(アッシリアと戦争?)」
久しぶりに聞こえる外の上方に、ここ数日非現実的な思いに浸っていたアハブの意識も一気に現実世界へと引き戻された。
それと同時に、それを引き金にするように彼の頭に様々なことが思い浮かんだ、泣きに泣いて、頭の中がすっきりしたような思いだった。
「(もう泣くのは十分だ。泣いているだけでは何も始まりはしない。私のおかげで私が虐げられているというのならば……私自身が、何か行動を起こさねばならんだろう。私は、腐ってもイスラエル王だ)」
彼は久しぶりに荒布を脱いで、王の衣装を身にまとった。そして、扉の向こうの妻に少し待っていてくれ、自分が直接それについて話をすると伝えた。

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