クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第十五話



ダマスカスの王の申し出を、アハブは当然のように承諾した。それどころか、彼が声をかけた周辺諸国の中でも指折りの数の形態や騎兵をそろえ、出ていった。
カルカルの地で行われたアッシリアとの戦は、シリア諸国の連合軍の勝利に終わった。かの傲慢な大帝国はその支配を断念せざるを得なくなったのだ。


アハブは、それだけでは終わらなかった。彼は、それをきっかけに軍備の強化に力を入れた。彼は今までの弱気が嘘のように軍隊を整え、今までぺこぺこと媚びへつらっていた諸国に対して強気な態度を取り始めた。
そして、戦には悉く勝利を収めた。それはまるで、神がかかっているようだと人々は言った。もともと得意だった、敵対関係にない他国との友好関係を深めることに関しても、彼は一層尽力した。まるで、人が変わったように精力的な政治だった。


にぎやかな音楽が聞こえる。明るい声と喧騒。それを、イゼベルは宮殿にある彼女の部屋から聞きつけた。なんであるかはわかっている。凱旋のパレードだ。アハブが、戦争から帰ってきたのだ。
戦争は彼らの勝利であったことは、すでに使いから聞いている。
イゼベルはすぐに侍女を呼んで、夫を迎えるために自分を着飾らせた。彼女自身にとっても、これは嬉しい事であった。
アハブは、見違えるように生き生きとした。かつて、彼が全く委縮していた頃、彼にとって戦争とは必要最低限のものですらなかった。そんな彼が、こんなにも戦争に前向きになり、国と、そして何よりも自らの誇りを守って戦うことに肯定的になるとは。

流石にイゼベルの眼では、パレードの中に居るアハブの姿は見えはしない。しかし、彼はおそらく非常に嬉しそうにしているのだろうということは何とはなしに直感で分かった。いったい何が彼をこうしたのか、彼女にはわからない。イゼベルはただ、単純に彼の事を喜んだ。そして同時に、彼に近づいていたかのような不吉な思いも消え去ろうとしていることを喜んだ。
侍女に帯を締めさせながら、彼女は思った。
「(ほほ……預言者エリヤ。なんですって?アハブが、この私が滅びる?馬鹿な、今のアハブをごらんなさい。すっかり元気になって、戦にも勝った。今、彼はダビデのように栄光を手にしつつある。一体あたしたちのどこに滅びの予感などあるの。偽物の神には所詮、偽物の預言しかできなくてよ)」
王妃の宝冠が彼女の頭に乗せられると、彼女はアハブの側室たちよりも目立って美しくなった。彼女はもう若さには程遠いが、それでもその誇り高さと生まれ持った美しさは汚らしく色あせることをしなかった。彼女は自らを無理に若さで飾ろうともしていなかった。それが、非常に王妃らしく堂々としていたのだ。
彼女は早い足取りで王宮の入口に出た。
ほどなくしてやってきたアハブは、鎧に身を包み、明るい顔であった。彼は戦車から降り、イゼベルのもとに厳かな足取りで歩み寄ると彼女に接吻した。


王宮のどんちゃん騒ぎを、ミカヤは暇そうに、裏庭の井戸の場所で聞いていた。当然そこには誰ひとりいない。
彼は可愛らしい顔に憂いを含ませて、ため息をついた。悩んでいる様であった。その時である。
「ミカヤ」
軽い声が聞こえて、ミカヤの肩を叩くものがあった、誰かなんてわかりきっている。
「……お帰り、エフー」
ミカヤは同じ調子でそう言った。
「どうしたんだよ、悩んでるみたいだな」
エフーはミカヤの隣に座って、彼に友好的に話しかける。
「なあ聞いてくれよ、オレ今回の戦でも活躍してよ、今度は五十人隊長になれることが決まったんだ。すげえだろ、出世したんだぜ」
「そう……よかったね。うん、君は、すごいよ」
戦が立て続けに怒って喜んでいるのは無論のことイゼベルだけではなかった。このエフーもそうあった。
軍人見習いである彼にとって、前々から見込まれていた自分の才能を十分すぎるほどに生かすことのできる場が与えられたことは、嬉しくないはずがなかった。
彼は戦が起これば毎日のように活躍し、するすると出世を成し遂げていったのだ。彼の若さを考えれば、非常な早さであった。
「あー……その、戦争、楽しい?」
「楽しいに決まってんだろ?毎日スリリングでさ。暴れれば暴れるほど褒められるしな。これだよこれ!これがしたくて軍人になったのに、アハブの野郎ろくにさせてくれなくてストレスたまってたからさ」
「……そう。あの、今回の戦も勝ったみたいだね」
「おお、圧勝」
エフーは笑ってそう言う。ミカヤは相変わらず、何か腑に落ちなさそうだった。
「ねえ、エフー」ミカヤは口を開いた。
「アハブの奴……調子悪くなったりとか、してないの?」
「してねえよ。ってか、オレが見た中で最近が一番調子いい時期」
ミカヤはその言葉を聞いて、「そう」と言った。
「ミカヤ……まだ、見えてんのか?アハブが死ぬって言う預言がさ」
「うん……時々」
ミカヤは、あの日以来断続的に同じようなものを見た。それは寝ているときでもあり、時に起きているときでもだ。
アハブが戦死するビジョン。彼が矢に打たれて、亡くなる。
エリヤは言った。アハブがベン・ハダドを逃がした時の事だ。彼は、死ぬはずだったベン・ハダドの命とアハブの命がが入れ替わる、と言った。
だが最近のアハブの快進撃は、とてもそんな破滅の予感を感じさせはしない。それだというのに、預言は自分に襲い掛かってくる。
預言など信じてもいなかった。自分に、そんな力が及ぶはずはないと思っていた。
「ボク、わかんないよ。エフー」ミカヤは弱弱しく言った。
「ボクはどうすればいいの?こんな預言……ボク自身が信じられない。これは神様の言葉なの?それとも、ただのボクの幻覚なの?」
エフーは、そんなミカヤの肩を叩いて彼に言った。
「ミカヤ。わからなきゃ、待てばいい。どっちにせよ、ラモト・ギレアドで戦が起こらない限りそんなの実現するはずねえだろ?」
「そうだけど……待てよ、ラモト・ギレアド?ボク、そう言ってたっけ?」
不意にミカヤの頭の中でその地名が意味を持ち始めたようだった。取り残されてきょとんとするエフーに、ミカヤは言う。
「エフー、思い出してみろよ。エリヤは……エリヤはさ、アハブの前でこう言ってたんだよ。ナボトの血が流れた場所で、アハブの血も流れるって……ラモト・ギレアドとイズレエルじゃ、全然違うよ。なにこれ……?エリヤが間違ったことなんて言うはずない……やっぱり、これは、ただのボクの悪い夢なの?」
彼は自分の父の上着におびえるように顔をうずめた。
「分かんないよ。なにもかも!エリヤ……エリヤがいれば、全部何とかなるのに!」



アハブは上機嫌だった。遊んだり、宴会をしたり、イゼベルとともに愛を語らっているのとは根本的に違う楽しさを、彼は味わっていた。
「(これか、これが、自ら運命を切り開いていく楽しさか)」アハブはそう思っていた。
ここの所信じられないほど、世界が明るく見える。周囲の人間は皆馬鹿で何もわかっていない、と言う思いもいつの間にか消えていた。いろいろと動き回ってみれば、様々な人間の良いところがおのずと見えてくる。
他者のいいところを見てしまっては余計に自分のみじめさが引き立つような気がして、アハブはその行為が嫌いだった。だが、今こうしてしてみるとなんということもないのだと分かった。なにより、駄目な人間ばかりの世界に生きるより、良い人間ばかりの世界に生きる方が楽しいのは当たり前の事だ。
彼は、いつの間にか忘れかけていた。エリヤの不吉な預言も、裏切り者の家に生まれたというう自分のコンプレックスも。自分は自分だ、自分の人生を謳歌するものだ。アハブはそう思えてきた。

そのような折である。アハブの耳に、一通の知らせが舞い込んできた。ユダ国王、ヨシャファトがイスラエルにやってくるというのだ。
ヨシャファトとアハブは同盟関係にあった。
ソロモン王の死後、二つの別れたイスラエル王国とユダ王国は対立していた。だがしかし、元は姉妹のような関係にある二国、対立などする道理もない、と、言う考えをヨシャファトは持っていたのだ。そして、アハブも同様の考えの持ち主だった。ヨシャファトは自分の王子の妻として、アハブとイゼベルの間に生まれた娘を選んだ。アハブもそれに快く同意した。そして、二国の和解はなったのだった。

ヨシャファトとはいわば親戚関係にすらあるのだ。だから、彼は定期的にイスラエルにやってくる。アハブは無論それを歓迎するために宴会の手配をした。だが彼は、同時に一つ、頭に思い浮かぶことがあった。



「遠路はるばるようこそ、ヨシャファト王」
アハブは数日後にやってきたヨシャファトに、歓迎の言葉を述べた。
「アハブ王よ、そのようになさらないで下さい。貴方と私は兄弟も同じ関係ではありませんか」
ヨシャファトは鷹揚にそう言い、アハブの歓迎を受けた。
「使いのものから、貴方が一時期酷く落ち込んでいたと聞きましたが」
「ご心配をおかけしてしまいましたか?大丈夫です、すっかり回復いたしました」
「そのようですな。ことに、最近の貴方の快進撃は凄まじい」
「なにを。貴方の戦上手ぶりも聞こえたものではないですか」

そのようなたわいもない話をしているうちに、宴会の時間となり、ヨシャファトとアハブはテーブルを並べてともに食事を楽しんだ。アハブは大量の、上等な仔牛や子羊を料理させた。ナボトの畑からとれた葡萄も、それで作ったワインも食卓に並べられた。
「ところで、ヨシャファト王」アハブはかねてより言い出そうとしていたことを口に出した。
「なんでしょうか?」
「実は、貴方に折り入って頼みたいことがあるのです」
「無論、親愛なるあなたの頼みならば聞きましょう。ですがまず、そのことをおあかし下さい」
アハブはヨシャファトの好意的な返事をうれしく思い、言葉をつづけた。
「あなたもご存じでしょうが、アラム王ベン・ハダドは私の父オムリの治世に奪った数々の諸地域をまだ返還しきったわけではない。何もできずに手をこまねいているような屈辱的な真似には、もう耐えられません。私はかの傲慢な王から、父の遺産を取り戻す義務があるのです。そのために、ユダの力をお借りしたいのです」
「それはそれは」ヨシャファトは言った。「して、どこを取り戻すおつもりですか」
「ラモト・ギレアドです。あの要塞都市は、イスラエルにとって絶対に必要だ」アハブはそう言い切った。
「ヨシャファト王よ。どうか、我々と一緒にアラム王と戦ってはいただけませんか」


その晩、ミカヤは宴会に参加していなかった。参加する気になれなかったのだ。彼は家に帰り、早くに寝ていた。そして、夢を見た。
アハブが戦死する光景ではなかった。久しぶりに見る、白い世界だった。あいも変わらず、中心で玉座に座る何者かがいた。彼は、厳かな声で、あの白百合の矢を携えた美しい兵士に言った。
「時は来た」
「(なんだって?)」
ミカヤはその言葉を聞いて、ぞっと背筋が冷たくなった。
「我が僕よ。行って、アハブをラモト・ギレアドに攻め上らせるがよい。彼が、そこを死に場所とするために」
「貴方様のご命令とあらば」
そう言って、彼女は白い翼を羽ばたかせ、すうっと下界へと降りて行った。

ミカヤは、そこで目が覚めた。

「(時!?時が、来た……?)」
久しぶりに見る白い世界は、強烈に彼の精神を蝕んだ。それは非常に非現実的で、なおかつ、断じて幻覚などではないという力強さがあった。そうミカヤに激しく言い聞かせているようだった。彼のここ数日の迷いを吹き飛ばすためのように。
ショックがさめやらないまま、彼は即座に王宮の方を見た。まだ明かりはともっている。宴会の真っ最中のようだ。
ミカヤは大急ぎで外套を着ると、馬に飛び乗って王宮を目指した。


「エフー、エフー!どこだい!?」
王宮につくなり、彼はエフーを探した。彼は宴会場に居て、案外簡単に見つかった。
エフーはミカヤのただならない顔色を見て、何があったのを察してか、すぐさま彼を裏庭に連れ出した。

「どうした?」
「エフー……アハブ、新しい戦を……決めた?」
彼がとぎれとぎれに言った言葉を聞いて、エフーもすぐ状況が呑み込めたらしい。彼は真剣な顔でうなずき「ああ」と言った。
「いつ?どこに……?」
「……近日中、すぐにでも……ラモト・ギレアドに攻め上るみてぇだ。宴会場で高々と、そう言っていた」
「やっぱり……!」
ミカヤはエフーに話した。自分がつい先ほど見た夢の事をだ。
「ボク……ボク、はっきりわかったよ。これ……神様の預言だ。断じて、悪夢なんかじゃない。違うよ。絶対に違う。いろいろおかしいところがあったって、妄想なんかじゃない。実際に見ているボクだから、はっきりわかる」
彼の美しい目は不安に震えていた。それは見たこともない非現実的なものを相対した恐怖でもあるし、また、別のことも含まっていた。
それは、言わなくてもわかる。
アハブにとって、今、イスラエルの失地回復は大きな事業の一つだ。そうでなくともベン・ハダドにはさんざん煮え湯を飲まされている。この戦に、アハブは大乗り気だ。そんな中、アハブが戦場で死ぬ、などと言う預言をすれば、どうなるか?
そんな預言、聞き入れられるとは思えない。当然である。それどころか、ミカヤの命も危ない。エリヤのような存在ならばともかく、力ないとみられているミカヤの言葉を、国の威信と天秤にかけるなどとは考えられない。ミカヤにははっきり神の言葉とわかっても、他人には生意気な少年の戯言だ。
エフーにもそのことは分かっていた。分かっているからこそ、彼も同じように不安げな表情になり「ミカヤ……どうすんだ、これから」と言った。
「ボクが一人が言ったって、どうにもなるもんか」ミカヤは言う。その口は息を荒く吸って吐いていて、彼の動揺と興奮が見て取れた。しかし、その声は強固な決心を含んでいるかのような色があった。
「ボク、エリヤのところに行く。これをあの人に伝えるんだ。……それに、それにだよ。こうして神様の言葉がわかるようになったんだ。ボク……今度こそ、エリヤの役に立てる。ボクはこの力を、アハブのためになんて使わない。ボクは…エリヤのためにいるんだ」
彼はそう言い切った。

「……居場所、わかんのか?」
「大丈夫。心配しないで」
それだけを言って、ミカヤはきっとエフーの方を見上げた。エフーもそれを見届けてか「……わかった。エリヤさんによろしくな」とだけ言った。
「ありがとう」
ミカヤはその言葉を最後に、外套ですっぽり体を包んで冷たい夜風からその身を守り、自分の馬に飛び乗って荒野を目指した。王宮の宴会は、まだ終わらないようであった。


夜の月が傾くころだった。エリシャは焚火を消そうとした。しかし、エリヤは無言でそれを制した。
「どうかしましたか、師匠?」
「……何かくる」
彼の言葉通り、やがてエリシャの耳にも聞こえてくるものがあった。それは、馬のひづめの音で、真直ぐにエリヤとエリシャの方を目指していた。
やがて、たき火の明かりにそれが照らされた。
「……ミカヤ!」
彼はずいぶん弱っているようだった。休まずに数日、馬を走らせてきたのだろう。
「エリヤ」
彼はいつになく、鬼気迫った表情だった。エリシャはそれに圧倒される思いだった。
「……話があるんだ。神様からのお告げだ」


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