クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第十八話


「わが君様、わが君様!」
アハブの死体が届き、イゼベルは嘆き悲しんだ。彼女はかつてアハブがしたように、何日間も部屋から出ることなく、泣き暮らした。アハブの死体が慣例によって埋葬されるときも、彼女はアハブの死体をおさめた棺桶のそばにできるだけ一緒に居ようとしていた。
王族や家臣たちは彼女を止めなかった。王宮の誰よりも、イゼベルは悲しんでいた。
「そんな……そんな、おお、イスラエルの神が貴方にこんな運命を下したのですか!」
イゼベルは何度もそのような言葉を繰り返し、泣いた。イスラエルの神に感じていた憎しみが、アハブの死をもって最高潮に達したかのようだった。
栄光を与えても、結局イスラエルの神とやらはアハブを取り去ったのだ。罪を許しもしない、狭量な神め。イゼベルはひたすらに嘆き、そして恨んだ。食事もろくにせず、体を洗う気にも、寝る気にもなれなかった。彼女が弱るのはすぐの事だったが、それでも彼女は泣くのをやめず、また、誰もそれを止めなかった。彼女とアハブの間に生まれた息子が新しい王となるにあたって即位するための準備にも彼女は加わらず、ひたすら泣き暮らした。
そのままの状態が何日も続いただろうか。イゼベルはふと、目の前に突然何者かが現れたのに気が付いた。それがなんであるかはすぐわかった。アスタロトだ。彼は、苦虫をかみつぶしたかのような顔でイゼベルを見ていた。
「アスタロト様!」イゼベルはすがるようにアスタロトのもとに向かった。「おお、アスタロト様、わが夫が……」
「イゼベルよ」しかし、イゼベルの希望通りに事は進まなかった。アスタロトの声はその顔と同様不快感を持っており、そしてそれはどうもアハブを殺したものではなくイゼベルに向けられている様であるということは推し量れた。
イゼベルは驚いてひるんだ。アスタロトは彼女に向かって「いつまで嘆いている、所詮、ベルゼブブ様を捨てた男の死を」と、冷たい口調で言った。
その言葉に、イゼベルは唖然としたような表情をした。アスタロトは続けた。
「アハブなど、死んで当然だ!お前はそこまで泣き腫らすほど奴と親しいくせに、知らなかったのか?あいつはイスラエルの神に傾倒した!イスラエルの神を信じ、死んでいったのだ!真実の神ベルゼブブ様を否定したものに、生きる価値などない。それは当然であろう?イゼベル?お前自身も同じ考えなればこそ、私はお前を選んだのだから」
イゼベルがショックのあまり、何も言えなかったのは当然の話だ。自分の打ちのめされた感情を、崇敬するアスタロトに全否定されれば、いくら心の強い彼女でも傷つく。
アハブがイスラエルの神を信じはじめていたというのにイゼベルは気付いてはいなかったが、今更そんなことたいして気にもしなかった。彼女はただ、アスタロトの態度に愕然とした。
「そんな……そんな、アスタロト様、アハブは、私の夫でした……私は、彼を、愛しておりました。この世界の誰よりも」
「愛?たった数十年ぽっち連れ添った感情に何の意味があるというのだ。神への信仰は、そのような薄っぺらなものよりもはるかに勝るものだ。貴様は他人の命より、ベルゼブブ様への忠誠をとったほどの立派な女ではないか。それがなぜ、不信の夫の死など嘆く。お前は信仰のためなら息子でも殺せ!それが唯一絶対の神への信仰だ!」
アスタロトの剣幕に押されて、イゼベルはその場に座ったまま震えた。アスタロトはイゼベルに詰め寄り、両手で彼女の頬をつかみ、彼女の顔を覗き込んだ。アスタロトの白い光彩が目の前に迫った。
「イゼベルよ、私の眼を見なさい」
アスタロトの言葉に逆らえなかった。彼女は涙に目を濡らしたまま、アスタロトの眼に釘付けになった。アスタロトは口を開き、言葉を紡いだ。イゼベルの体に直接響き渡るような声だった。
「お前が忠誠を誓い、その死を嘆くのはベルゼブブ様ただお一人。夫であろうと息子であろうと、ベルゼブブ様への信仰を差し置いてまで嘆く価値などありはせぬ。すべてベルゼブブ様を第一に考えよ。それがお前の使命だ。ベルゼブブ様の使徒として選ばれたお前には、それこそがふさわしいのだ。お前はこの地上でだれよりも、ベルゼブブ様を愛するものでなくてはならぬ。アハブを嘆くなど論外だ。あれはベルゼブブ様を信じなかったのだからな。よいかイゼベル、私の言葉を繰り返せ」
「は、はい」
「お前が仕えお前が慕うは、ベルゼブブ様ただお一人だ」
「わ、私が、仕え……」
イゼベルの口が勝手に動いた。無理矢理操作されているような感触でもあった。
「私が慕うは……ベルゼブブ様、ただ……お一人です……」
「その通り、それでこそお前だ」

アスタロトは何度も、彼女に同じようなことを強要した。それを繰り返しているうちに、だんだんイゼベルも感覚が麻痺してきた。何日も止まることなく流れ出ていた涙が、不思議と止まっていた。
アスタロトはそれを見てか「泣き止んだな、イゼベル。それでよい」と言った。
「よいか。むしろお前は喜ばねばならぬ。アハブの死をだ。あの男がいる限り、再度の宗教改革は不可能だった。それを、都合よく彼が死んでくれたおかげでまたチャンスが生まれたのだ。イゼベルよ、ベルゼブブ様の使徒として、アハブの死はお前にとって何よりも喜ばしいことだ」
「はい……私にとって、夫の死は何よりも喜ばしい事です」彼女は不思議な思いで、反射的にそう言った。
「イゼベル、今度王位につくのは誰か」
「私の息子アハズヤです」
「その息子は我が強いか、あるいは賢く有能なものか」
「いいえ。気の弱い子です。私の言うことなら、なんでも従うでしょう」
「結構だ!それならば、その息子は殺さずともよい。お前は常に彼に指図をし、彼を動かせ。イスラエルに女王はできぬ。無理にそうなるよりも、彼を盾にお前が実権を握るほうが無難と言うものだ」
「はい、わかりました。アスタロト様」
「イスラエルの馬鹿な民衆どもはすっかりエリヤに影響され、前のように軽々しく改革は行われぬだろう。逆らうものを殺してしまってもよいがそれでは肝心の信者となる人間の数が大量に減ってしまう。ベルゼブブ様を崇めるものが少ないのは喜ばしくない。新しい宗教改革は地道に行われねばならぬ。イゼベル、もうお前に泣いている暇などないぞ、これからうんと忙しくなる」
「はい、わかりました。アスタロト様。まず、何をいたしましょうか」
「イスラエルの外、しかしあまり遠すぎないところにお前の自由になる土地はないのか」アスタロトの言葉に、イゼベルは少し考え込んでから言った。
「あまり大きくはありませんが、私が若いころ、父親から譲り受けた土地がエクロンにあります」
「エクロン!ペリシテ人の住む土地か。ベルゼブブ様を信仰する、信心深い人間どもの土地だ!もっとも、彼らもかつてのお前のようにバアルの名で崇めてはいるがな。だが、そこに目をつぶればぴったりだ。しからばイゼベル、できるだけ内密に人を集め、エクロンにベルゼブブ様の名を持って神殿を立てよ。そこを総本山とし、我らの改革を行うのだ。イゼベルよ。まずは身を清めて髪を結い、食事をし、皇太后の装いになってからお前の息子の即位を手伝うがよい。威厳無き者の周囲には誰も集まらぬ。心配するな、お前は美しく、威厳に満ちたものだ」



荒野に一羽の鴉が飛んできた。彼は、彼に向かって生肉を差し出したエリヤの手に突進してきて、それを貪り食った。
ひとしきり腹いっぱいになったと見えるや、彼はお礼とばかりに語り始めた。エリヤはそれを神妙な顔で聞いた。
鴉は気まぐれなものでそれっきり帰っていった。火を起こしていたエリシャが「どうかしましたか」と言った。
「アハブがついにくたばったとよ。今、サマリアで葬式をやっているらしい」
「そうですか」
「あ、なんだ。オレは一足遅かったんですね」
ふいに混ざってきた声にエリヤとエリシャが反応すると、そこにはエフーがいた。
「部下に命じてあんたらを探させていたんです」エフーは言った。「知らせを持って来たくて。……ミカヤも、死にました」
「……そうか」
その言葉を聞いて、さすがにエリヤもつらそうだった。エフーはそれを見て、「祝福してやってください。信仰を貫いた、立派な死にざまでした」と言った。
「ああ。もちろんだ。祝福しよう」
「あいつも、あんたにしてもらえれば一番浮かばれるでしょう」
エフーは切なさを込めた笑い方をした。
「イスラエルはどうなるんだ?」
「アハブの長男のアハズヤ王子が後を継ぎますよ。オレは……いやな予感がするんですがね」
「いやな予感?」口を開いたのはエリシャだった。エフーはそれに「ああ」と言い返した。
「何回か見たことはあるんだけど、とにかくウジウジしてて臆病で、自分の意見のねえ奴だ。どっちかと言えば父親似とでもいうか……」
「それじゃあ……」と、エリシャ。
「ああ。もし、イゼベルがかつてやったことを諦めていなけりゃ、きっと、あの女は今息を吹き返す。傀儡にするにあんなにいい王子はいない」
「……それは、絶対なるな」
エリヤが神妙そうに口を開いた。
「おお。さすがあんただ。そう言う預言でも頂いたんですか?」
「違う。ただ……イゼベルには、悪魔が付いている」
「悪魔?」
その言葉を聞いて目をぱちりとさせるエフーに、エリヤはエリシャの手をつかんで、その手の甲にある傷跡を見せた。エフーはエリシャの手を取ってそれを見る。
「ただの矢傷に見えますけど」
「ああ。裏を返せば、どこからどう見ても矢傷にしか見えない。自然についた傷じゃない。エフー。この傷ができた時、エリシャは、何も見ていなかったんだ。ただ傷だけができたって言うんだ。俺たちがイスラエル王宮から逃げようとしていた時だ。そばには、イゼベルしかいなかった」
その言葉を聞いて、エフーも異常なのがわかってぎょっとした。エリヤは続けた。
「これは、人間がつけたもんじゃない。エリシャが見ることができなかった、何かのものだ」
エリヤにはすべてわかっている様であった。エフーはそれを聞いて「……イゼベルがそんなもんを従えている、のか?なら、ますますイスラエルは危ないじゃねえか」と言った。
「アハブがくたばったくせにまだ……続くのかよ」
「エフー。お前はどうするんだ?」エリヤは言った。
「オレ?オレは……軍人を続けますよ。国を出たって、どうにもならないしね」
「そうか」エリヤは短く言った。
「エフー。お前にも伝えておきたい。神様は俺にこう言われたんだ。アハブが死ぬまで、イスラエル王家に禍は及ぼさない」
その言葉を聞いて、エフーは再びびくりと反応した。「……と、言うことは」彼は言った。
「アハブがこうして死んだんだ。きっと、良くないことが起こる」


ツィドキヤは王宮をフラフラと歩いていた。アハブが死んだ。預言は実現したのだ。自分が打ったミカヤは、本物の預言者だったのだ。
それがわかった時、ミカヤは獄中死していた。家族もいない彼の葬式はすぐに、ひっそりとおこなわれ、ツィドキヤはそれが終わってからそのことを知った。
ツィドキヤは何が何だからわからなくなっていた。彼はただ、混乱する頭で一つはっきりとわかっているものがあった。後悔だった。
彼は神に己の罪を悔いた。ただの嫉妬によって、神の言葉を疑ってしまった罪を。ミカヤは正しかったのだ。では、自分は正しくなかったのだろうか?そうであるとも思えなかった。あの時アフェクで自分に下ったのは、確かに、神の言葉であったと確信しているのだ。
ミカヤは抵抗もせず、死んでいった。ただ、自分の預言に誇りを持って。彼は、今さらながらミカヤを立派と思った。そして、自らを恥じた。
そうだ。神の霊がだれに下ろうと、関係があるものか。預言とは、利益のものではないのだ。ミカヤは死に、エリヤは指名手配されて逃亡している。それでも、彼らは預言を下したのだ。そこになぜ嫉妬する要素があろう。もしも地上の利益のためでなく、ただ神を独占したいがゆえというのなら、それこそ変な行為だ。神など独占できるものか。人間が神を作ったのではなく、神が人間を作ったのだから。
迷い、迷走し、ツィドキヤは一つ、ある結論にたどりついた。

ツィドキヤがおぼつかない足取りで向かったのは、オバドヤのもとだった。オバドヤは彼が来て驚いた様子だった。
「伺いたいことがあります」彼は言った。「あなたは噂によれば、宗教改革の折にイスラエルの敬虔な預言者や祭司たちをかくまっていたそうな。しかも、彼らのうち生き残り、また我々のように宮廷預言者になるのも拒否し、ただ神を信じる者達が、いまだに、ベテルのとある家で集団で済んでいると噂があります」
「あ、それは、その……」
オバドヤは言葉を濁した。当然、自分の罪を問われていると思ったのだろう。しかし、ツィドキヤの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「お願い致します。オバドヤ殿。私を、そこに案内して下さらんか。真っ白な気分で、ただ、神に仕えたいのです。私を、彼らの仲間としてほしいのです」
オバドヤはその言葉にすこしの間面喰っていた。しかし、ツィドキヤの顔が真剣なのを見て、彼もにっこりと笑って言った。「おいでください、ツィドキヤ殿。我々は、貴方を新しい仲間として歓迎するでしょう」

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