クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第十九話

王子アハズヤが後をついでから、イスラエルはアハブの治世より良くなることはなかった。若く弱気な彼は、政治的才能にも乏しく、全てを母に任せきりだった。
イゼベルはアスタロトの預言通りエクロンにベルゼブブ神殿を作り、そこを拠点にベルゼブブ崇拝を行った。彼女の手腕だけは年月がたっても確かなようで、前のように急進的ではないまでもバアル、もといベルゼブブ崇拝はじわりじわりと息を吹き返しつつあった。
彼女は、自分の息子にもベルゼブブを拝むよう強いた。そしてそれは実に簡単なことであった。王が直々に崇拝しているとなれば、宗教改革も進む。アハブの治世のときも同様だったのだから。
サマリアにもベルゼブブ神殿が立った。子供たちには、ベルゼブブ信仰を行うような教育がなされた。イスラエルの宗教は、またに追いやられていった。たった数年の出来事であった。


ところで、アハブが死んでからと言うものの、諸国はまたイスラエルを舐めはじめた。特にイスラエルに服従を誓っていたはずのモアブ人が反旗を翻したのだ。そのおかげで、イスラエル軍は幾度となくそれの鎮圧に向かうことになった。
ただ、アハズヤはイゼベルの言うことでなくては実行しない。イゼベルはもとより戦争事には興味が薄いのだ。彼女が一番興味があるのは宗教だ。イゼベルはこれに関して、息子にろくな意見を言わなかった。
軽い鎮圧をして、モアブ人が懲りずに反旗を翻す。その繰り返しが続く中、軍人たちは何度も「モアブ人共はこれしきで怯むことはありません。鎮圧は甘すぎます。戦争をお起こしください。陛下のご命令さえあれば我らはモアブを今一度仕留めてまいりましょう」と口をそろえて言った。
しかし、アハズヤの返事はこうであった。そして、それは常に同じなのだ。「それに関して、私は考えておこう。……今は、時期ではないと、思うのだ」と、いつも同じことを言うのだ。当然、それに苛々する軍人は少なくなかった。
そして、ごく少数の人は、覚えていた。エリヤの予言した「アハブの家の不幸」をだ。


それは、アハズヤの治世の二年目に突然訪れた。


王宮に悲鳴がこだました。「王が欄干から落ちられた!」そのような声が広い王宮中をかけずりまわったのだ。

アハズヤは王宮の屋上から、イスラエルを眺めるのが好きだった。王としての仕事も血なまぐさい戦いも好まないが、派手でいかがわしい遊びも性に合わない内気な王が珍しく好んでいることの一つが、それであった。彼は何時間でも屋上に数人の護衛だけを離れておいて、日光浴をしながら景色を眺めることを楽しんでいた。
しかし、欄干がだいぶ腐っていたらしいのであった。その日、アハズヤが欄干にもたれかかった時、それが折れて、王は落下した。一瞬の事で、護衛兵たちが駆け寄り引き戻す時間もなかった。
幸いなことに何度か木や屋根にぶつかり、引っ掛かり、直接地面にたたきつけられることはなかったので死は免れた。しかし当然のことながらアハズヤはかなりの重傷を負ったばかりか、傷口から悪い菌が入ったか病気になってしまった。


「ああ、私の可愛いアハズヤ!」
病床に伏せった彼を、イゼベルは嘆いた。
「お母様、助けてください。死にそうです」彼は体中を蝕むような痛みに苦しみながら、自分の母にすがるようにしてそう何度も言った。イゼベルもそんな彼のそばに居続け、彼を慰めた。
「お母様、僕が助かるためにはどうすればよいでしょうか?」
そのように言われて、イゼベルが返す言葉など、どんな場合でも一つしかない。彼女は涙を流しながらうめくように言った。
「エクロンにあるベルゼブブ神殿に使者を送り、お前の病気を治してもらえるようお祈りしてお貰い。お前はベルゼブブ様への信仰厚い息子ですもの、ベルゼブブ様がお助けにならないはずがないわ」


イゼベルの助言通り、アハズヤはエクロンに使者を送った。だが、彼らがエクロンにもつかないであろう日数のうちに、彼らはアハズヤのもとに帰ってきた。そばにはイゼベルもいた。
「お前たちはなぜ帰ってきたのですか!」イゼベルは弱ったアハズヤの代わりに怒鳴り散らした。
「自分たちの王が死んでもよいというのですか!」
彼らの話を聞かないうちにイゼベルは言う限りの言葉で彼らを罵った。彼らはイゼベルの言葉が終わるのを待っていたが、やがてようやく隙ができると「国王陛下、皇太后陛下、どうぞ我々の無礼をお許し下さい。しかし、どうあっても貴方様にお伝えしなくてはならぬことができたのです」
「なんですって、王の生死よりも重大なことですか」
「はっ……お言葉ではありますが」
使者はずいぶんと必死で、イゼベルの剣幕の前に職を失うことはおろか処刑も覚悟したような風だったので、イゼベルも彼らの言うことを聞こうという気分になり「何があったかを聞かせなさい」と言った。死者のうち一番地位の高い、年老いた男がその場に跪いて厳かに口を開いた。

「私どもがエクロンに向かう間、荒野である男に出会ったのです。彼が私どもを呼び止めました。そして、私どもに言ったのです。『お前たちを遣わせた王のもとに戻って、今すぐにこう伝えろ。主はこう言われる。エクロンに行く必要などはない。お前は寝台から降りることなど決してない。お前は必ず死ぬ』と」
その言葉を聞いて、イゼベルとアハズヤは凍りついた。アハズヤに至ってはそれを聞くなりガタガタ震えだした。イゼベルも、使者たちを責めるのをやめた。
ただの無礼な人間の戯言とするのは簡単だが、イゼベルは直感したのだ。死者を通して告げられたその男の口ぶりは、確かに自分の知っているものだという実感があった、
「その男の事をお聞かせ。どのような男でしたか。お前たちが見たものをすっかり、詳しく話すのです」彼女は言った。使者たちは慌てて従った。
「不思議な男でした。破れた毛皮の衣とケープを着ていて、皮の帯を締めていました。頭には長い頭巾をかぶっていました。脚は裸足でした。一人の若い従者と、何羽もの鴉の他には連れ立つものは何もない男でした」
イゼベルは拳を握りしめた。
「……エリヤだ!」
彼女は吐き出すようにそう言った。

「エリヤ……」アハズヤは言った。
「お父様と僕たちに不吉な預言をしたあの魔術師ですか、お母様」
「ええ、そうですとも!お前たち、エリヤの居場所は分かるわね!」
イゼベルは再び先ほどのような剣幕で使者たちに言う。使者たちはもちろんですと言った。
「ギルガルのすぐそばにある土地でした」
「お前たちの罪は許しましょう。その代り、お前がその男に会ったところに軍隊を連れてゆきなさい。その男は不幸を運ぶ者です!わがイスラエルのため、殺さなくてはなりません!」



ギルガルには、過去の偉大な預言者サムエルが建てた神学校のうちの一つがあった。同じものはベテルやエリコにもあった。律法を学び、神の前に生きる道を学ぶ学校である。イゼベルの宗教改革の影響でなくなろうとしていたが、それが途絶えてからまた息を吹き返したのだ。
若い少年たちがそこを出入りしトーラーを読んでいる。宗教改革がまた行われたとはいえ、ギルガルの土地にまだそれらは及んでいないようだ。

エリヤは高台の上からギルガルの町を眺めていた。無論のこと遠くなので、学校も小さく、そこに出入りする人間たちも麦の粒よりも小さいが、それでもエリヤには見えていた。
彼はそれを見て、楽しそうに笑っていると、エリシャには後姿を見るだけで分かった。エリシャはエリヤの隣に座ると「師匠、楽しそうですね」と言った。
「おうよ」
エリヤは短く言う。エリシャは薄く笑って言った。
「……師匠も、ギルガルにあるような神学校で教えればいいのに、と、僕は思いますよ」
「ははは、俺に町でそんな仕事するのは向かねえよ」
エリヤは明るく笑ってそう言う。
「それに、俺がそんなことはじめたらイゼベルがすっ飛んでくるんじゃねえか」
「はは……まあ、そうですね」
そうして同意しつつ、エリシャはこのことを惜しいとも感じていた。エリヤが神の事を何人もの人間に教える立場となるのに一体何の不都合があるというのだろうか。確かに彼の性格は一つの所に長くとどまり、町の人として生活するのにいささか不向きである気がしないでもなかったが、それにしても、だ。彼にしてもこんな生活よりは、町での生活の方が楽そうなものだが。
エリシャは祭司や預言者たちがするように神学校で学んだことなどはない。そうであればこそ、多くの人間が学べればいいのにと考えていることも、この考えを手伝った。


と、そのように思案しているときだ。不意に、周りに群がっていた鴉たちがうるさくなり、何羽かが黒い羽をまき散らして急いで飛び去った。
エリシャは驚いた。エリヤはすぐに異変の原因をつかんだらしく、一瞬で立ち上がると後ろの方を睨みつけた。高台の下の方をだ。
エリシャはぎょっとした。百人ばかりの兵隊が集まってきている。隊長と思しき人間は二人いる所を見ると、二つの五十人隊のようだ。
人相の険しい彼らは、大声で「魔術師エリヤよ、聞こえるか。偉大なる王アハズヤ様と皇太后イゼベル様からの使いだ」と怒鳴った。
「エリシャ、少し下がってろ」とエリヤが短く言ったので、エリシャは下がった。エリシャから彼らは見えなくなった。
「ああ、聞こえている。王宮が俺に何の用だ」
「降りてこい。先王の治世王家に不遜な預言をし、また信実なる神ベルゼブブ様の預言者を過去虐殺した罪、さらに今回アハズヤ王に無礼を働いた罪で、お前を今ここで処刑にせよと、国王陛下と皇太后陛下直々のお達しである」
その言葉は身をひそめているエリシャの耳にも聞こえた。彼はぎょっとしたが、エリヤが怯んでいない様子であるのを見てじっと息を殺していた。
「それであるのなら俺は降りてなどいかん。お前らに処刑されるいわれなんぞねえ」
「降りて行かねばこちらから行くぞ、邪悪なる魔術師が!」
「俺がベルゼブブだかなんだかの預言者たちを殺したと言ったな。もしも神様が、俺をここで殺す運命でないのなら、だ」
エリヤの声が聞こえて、エリシャはぎょっとした。
「お前らも同じ死に方をするぞ」
音を聞く限り、軍隊にためらいはなかったようだった。彼らはエリヤの事を見くびっていたのだろう。「大口をたたくな、魔術師が!」と五十人隊長たちが言い、だっと馬が高台を上ろうとした時だった。


エリシャの耳を、轟音がつんざいた。忘れもしない、エリヤと初めて会った日に会ったような音。雷の音だ。
轟音と悲鳴。衝撃で地面が震えるのが伝わってくる。エリシャは目をつぶり、耳をふさいで地面に突っ伏した。あの日の、体を内部から揺さぶられるような衝撃がまた襲ってきたような感触だった。
音が止み、彼は目を開けた。そして、そろりと体を持ち上げてエリヤの方を見た。立っているのは、エリヤ一人で、二つの五十人隊は全員雷に打たれて死んでいた。


「エリシャ」彼は振り返った。
「帰ろう」
彼はそれだけ言った。ここを離れよう、とは言わなかった。エリシャは衝撃が冷めやらぬまま、その言葉にうなずくしかなかった。彼らは死体の山を乗り越えて、現在の住居にしている洞窟に向かって言った。


その知らせを聞いてイゼベルがヒステリーになったのは言うまでもない。彼女は体調の悪い息子の前で怒り狂った。
「エリヤめ!エリヤめ!」彼女は言った。その時だった。知らせを聞いていた軍隊の隊長の中から、とある若い男が歩み出た。
「皇太后陛下」彼はすっと膝をつき、彼女に言った。
「エリヤを殺すことは無理ですが、王宮に、貴方達の御前に連れてくることならば私になら可能かもしれません。いかがいたしましょうか」
「それは本当ですか」イゼベルは言った。
「はい。もちろん」
「もしできるのであれば、褒美を差し上げましょう」
「では、昇格させていただけますか」
「百人隊長にも千人隊長にも、望むなら将軍にしてもかまいません。エリヤを連れてこられれば、ですが」
「それはお任せください」
そうして恭しく礼をした青年は、エフーであった。



数日後、エリヤは例の高台にじっと座ってギルガルを眺めていた。あの五十人隊を殺した時と全く同じように。
エリシャは落ち着かなかった。エリヤは険しい顔をして、鴉の運んできたパンくずを鴉たちと一緒に食べていたのだ。
あれから、エリヤはずっとこんな調子であった。何かを神妙に考えているようにも見えた。
もう三年以上もエリヤと一緒に居るのに、彼がいまだに理解しきれないことにエリシャは歯がゆさを覚えた。彼は今、怒っているのだろうか。悲しんでいるのだろうか。自分は、エリヤの感情に寄り添うこともできない。


と、その時だ。また、あの日のように馬の音が聞こえた。エリシャは怯んだ。エリヤもピクリと視線を動かし、立ち上がった。
だが、高台の下に居る人物を見てエリヤは少し意外そうな顔をした。部下たちを待たせて馬を降りたその人物はエフーであった。
「オレの部下を殺さないで下さいよ、エリヤさん」彼は高台の下から言った。そして、剣を鞘から抜き、地面に突き立て、来ていた鎧も脱いだ。
「ご覧のとおり、オレは丸腰です。あんたを不意打ちしようなんて思ってもいない」
「そのくらいは剣を抜かなくてもわかるぜ、エフー」エリヤは言った。「来な」
エリヤがそう言うと、エフーは彼の部下たちに合図して彼らを待たせておき、一人で高台に上って行った。

「良い景色ですね」
彼はついでに持ってきたらしいパンを鴉たちに投げた。鴉たちはそれに群がり、食い漁る。「そうだろ」とだけ、エリヤは言った。
「エリヤさん。オレからの頼みです。イゼベルとアハズヤの前に来てくれませんか。もちろん、オレだって奴らの傀儡としてこんなこと言ってるんじゃないですよ。ただ、何かしらが起こらないとあきらめるような奴らじゃねえ。かといって、あんたはあっさり死にゃしない。このままあんたが逃げ回っても人命の無駄だ」
エフーは彼らしく、率直に用件を伝えた。エリヤはそれを聞いていたが、少しすると「ああ、分かった。ついていこう」と言った。高台に吹く風がエリヤの頭巾を揺らした。

「本当ですか!?」エフーは言った。
「神様が……俺に言われた」
ゆっくりと、エリヤは話した。
「お前とともに、イスラエル王宮に行けってな」
その言葉を聞いて、エフーは軍人らしくきびきびと、しかし深く頭を下げ「ありがとうございます」と言った。


「エリシャ」エリヤはエリシャの方を振り向いていった。
何を言うのかとエリシャは不思議に思った。そして、出てきた言葉に彼は驚いた。それは、初めて聞く言葉だったからだ
「お前は、ここに留まっていてもいいんだぞ。俺についてこなくても、いい」

エリヤがそんなことを言ったことはなかった。彼はいつも何も言わずに、エリシャを連れ歩いていた。そしてエリシャも、何も言わずに彼についてきた。アハブの王宮に乗り込んだ時だって、エリヤは当たり前のようにエリシャと一緒に居たのだ。
「師匠、何故」彼はそう言った。エリヤはそんな彼に言い返した。
「もし、お前が俺と無関係になるなら今が最後のチャンスだからな」
「し、師匠!?」
「エフー、悪いが、ちょっと下で待っててくれ」
彼がそう言うと、エフーはうなずいて素直に高台を降りて行った。取り乱すエリシャに、エリヤは続ける。
「エリシャ、いいか?」
「な、何ですか、師匠」
言い含めるように言ったその言葉は、エリシャの耳に、雷よりも深く響いた。

「俺はな、もう荒野には帰れねえ。イゼベルの前で、この世を離れるんだ。神様は俺に、そうおっしゃった」


エリヤがこの世を離れる?
エリヤが死ぬというのだろうか?
エリシャは混乱した。頭の中はぐるぐるする。悪酔いしたような気分だった。

彼はガタガタ震えながらエリヤにしがみついた。何かにしがみつきたかったのだ。彼はそれを拒まず、また、それに関して何も言わなかった。代わりに、彼はエリシャに言った。
「エフーはお前を逃がしてくれるはずだ。お前もわかるだろう。お前は顔は知れているけど名前も出身地も知られちゃいねえし、俺みたいに目立つわけでもねえ。だが、だ。俺がこの世からいなくなったら、お前は逆に、もう俺から離れることはできねえ。お前は、俺の後継者として語り継がれるだろうから」
彼は震えるエリシャの頭をなでながらそう言った。
「イゼベルやイスラエル王宮の俺への敵視の眼は、全部お前に行くだろうよ。それから逃げたくっても、それはお前の自由ってだけだ。エリシャ。お前の人生はお前の人生だ。選択権はお前にある。それははっきりさせたい、それだけだよ。お前を突き放したいわけじゃない。安心しろ」
エリヤの手つきは優しく、エリシャのパニック状態になった心を安心させた。エリシャは考えようとした。しかし、考えられなかった。考えるまでもない事だったからだ。

「師匠」彼は言った。
「僕は、貴方のおそばを離れません」

まだ、神もわかっている自信はない。預言をしたこともない。このエリヤの後継者となって、何ができるだろう。そんな考えはエリシャにはなかった。考えるのがひどく無価値なことのように、彼には思えていた。
「主は生きておられます。貴方も、生きておられます」
彼は、不思議と口が突き動かされるような思いであった。
「僕は貴方の後継者です、貴方を最後まで見て、語り継ぐのが、僕の役目です」

エリシャはそう言って、エリヤから離れた。エリヤは「そうか、なら、一緒に来てくれ」と、笑って言った。そして、エフーに今すぐ行くと合図をした。

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