クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah 第二十話

サマリアについたエリヤは、すぐにアハズヤとイゼベルの前に連れてこられた。
イゼベルは目の前に現れた人物が確かにエリヤであることを見届けると、すぐにエフーを言ったとおり将軍職に就けると宣言して王の印を押し、そのあとその場をさがらせた。
エリヤを前にしたアハズヤはすっかりおびえていた。病気もひどくなっていたのもあって、顔色は真っ青だった。

「お前とこうして会うのは四回目ですね」イゼベルは静かに、そして途方もない怒りを込めてエリヤを見た。エリヤはエリシャを後ろに庇うようにしながら、その言葉を受け止めた。
「前にも見ましたが、その後ろに居る者はなんですか」
「俺の後継者だ。名前はエリシャ」エリヤは答えた。
「そうですか。まあ、どうでもよろしい。エリヤ、我が息子に不吉な預言を告げたそうな。その言葉、言えるものならばもう一度、この場で言ってみなさい。この哀れな子の前でね」
イゼベルはそう言って、話をアハズヤに振った。アハズヤは一気にすくみ、助けを求めるような視線を母親に送ったが、彼女はエリヤを睨みつけたままだった。
「ああ、いいぜ。アハズヤ王」エリヤは言う。「俺が神様から受け取った言葉は全く、何のかわりもありゃしねえ。あんたは死ぬんだ。もう二度と元気になることはない」
それを聞いていよいよ顔を青くするアハズヤを背に、イゼベルは言う。
「何を余迷い事を。この子は真実なる神、ベルゼブブ様が助けてくださるのです」
「前々から思っていたけど、ベルゼブブ、ってなんだ?」
「偉大なるバアル様の真名です」イゼベルはお高く留まって答えた。「お前たちイスラエルの妬む神とは違う、真に偉大なるもの」
「まだ目が覚めてなかったのか、イゼベル。バアルだかベルゼブブだか知らんが、そんなもんはいねえと、あんたのお気に入りが四百五十人死んでもまだわからなかったかよ?」
その言葉を聞くと、イゼベルは唐突に笑い出した。それを見て、さすがにエリヤも異常な気配を察知した。
「ほっほっほ……いない!ベルゼブブ様がいないと言ったのね!まったく、視野の狭い頑迷な乞食坊主はこれだから」
「どういうことだ?」
「私は見たのです!真なる神の使いと、その口で語らったのです!何回もね!」
自信満々に言うイゼベルの顔にはったりは見られなかった。見られなかったからこそ、エリシャはそれに怯んだ。だが、エリヤは違った。彼はにやりと笑って「……なるほどな」と言った。
「なんですって?」
「イゼベル。俺はだな、二年前お前とアハブに会った時、妙なものがここに居るってわかったんだ。今何もかもわかったよ。お前は確かに、見たんだろうな。神じゃなくて、悪魔を。お前は悪魔に騙されているんだ。悪魔に、神を語られているだけだ」
エリヤはさも当たり前のように、さらっとそれを言ってのけた。

その場はしばらく、水を打ったように静かになった。エリシャもアハズヤも、周りにいた臣下たちも全員エリヤの発言の前に言葉を失った。一番最初に口を開いたのは、イゼベルであった。
「なん……ですって……」
イゼベルの声はわなわなとふるえ、今に出もエリヤを絞め殺さんばかりの剣幕だった。エリヤには悪びれた様子が一切ないのも、彼女の怒りを増幅させた。
「あの方が……ベルゼブブ様が、悪魔……?」
彼女は呻きながら、エリヤの前ににじり寄ってきた。その目は狂気を孕んでいるようにすら見えた。エリヤは全くそれに怯む様子も見せなかった。
イゼベルが今にもエリヤを締められるのではないかと言うほどにじり寄ったその時だ。彼女の手が伸びるよりも早く、一つの声がその場を切り裂いた。
「聞き捨てならん!ベルゼブブ様が、悪魔だと!?」

男とも女ともつかないその妙に高い声は、その場のだれの耳にもなじみがない者だった。ただ一人、イゼベルを除いて。その場にいるすべての人間の視線が、アハズヤの病室のカーテンを翻して現れたその人物に注がれたのも当然だろう。
だがイゼベルはその人物を知っていた。少年とも少女ともつかない体に、真っ黒な長い髪。白と黒の衣装。肌は色白の人間程度には色づき、唇もそれなりに赤く目の色も白から黒に代わって一応普通の人間の姿のようにはなっていたが、それは明らかにアスタロトであった。
「アスタロト様」思わずイゼベルは彼の名前を呼んだ。
「皇太后陛下、この者は……」
「あ……私の腹心のものです。ベルゼブブ様の司祭で……」
そう取り繕うイゼベルをよそに、人間に化けたアスタロトはエリヤに詰め寄った。エリヤも初めて会うその人物に目を瞬かせていた。
「貴様。神聖なるベルゼブブ様が悪魔だと?」アスタロトは彼の反応にもお構いなしに、イゼベルに代わってエリヤに非難の言葉を浴びせた。それを聞いて、エリヤも言う。
「ああ、悪魔だ。間違いない」
「よくも……そのようなことが言えたものだな!イスラエルの神こそ悪魔ではないか!偽りの神だ!ベルゼブブ様こそが正義、ベルゼブブ様が真実の神だと分からぬ、無知蒙昧で哀れなものめ、私はお前に同情すら覚えるぞ。お前はこの世の真理を知らず、悪魔を神とあがめ罪に身を落としているのだから」
初対面の人間にこのような台詞を巻き散らかされて不快にならない人間はそうはいないだろう。だがエリヤは自分自身よりも、イスラエルの神を侮辱されたことの方が癪に障ったらしかった。
「なんだって!?神様が、悪魔!?」
「そうであろう!お前たちが神とあがめているものが邪悪なる悪魔でなくては一体なんだと言うのだ!」
「てめえ……知った風な口叩くんじゃねえ」
「知った風な口だと?私はお前よりもイスラエルの神を知っているぞ。あいつがいかに邪悪で、救いようもなく愚かで、強欲で、傲慢で、この世を闇に落とす最低最悪な存在かをな!」
アスタロトが笑いながらそう言い切った時、エリヤは一瞬すっとうつむいた。
「おお、どうした?否定もしきれないか?そうだな、そうだそうだ。はっはっは。イスラエルの神は残忍だからな!お前のためについ先日も百人も殺したばっかりだ!我らの神偉大なるベルゼブブ様はそのようなことはなさらない!」
しかし、アスタロトがそう言ったかと思うと、次の瞬間、エリヤは恐ろしい目つきでアスタロトを睨みつけた。青や緑の混ざった黒い瞳そのものが輝いたかのようだった。
「言うに事欠いて、好き放題ぬかしやがって。神様が、お前にそこまで侮辱される謂れががどこにある」
「どこにあるだと?強いて言うのなら、ベルゼブブ様は絶対にこの世に存在し、私たちを見守る慈悲深い存在であるという事実がある!」
アスタロトはそう言うと、ふと眼を動かし、イゼベルを指さした。
「イゼベル!私はよいことを思いついたぞ。この預言者エリヤを処刑する前に、偉大にして神性なるベルゼブブ様をこの男に見せてやる」

「な、なんですって!?」
アスタロトの言葉に、再びその場は騒然となった。だが、アスタロトは続ける。
「明日にでも、エクロンに向けて出発しよう。このアハズヤをベルゼブブ様のご加護で治して見せよう。ベルゼブブ様に不可能はない!この人間は不遜ではあるが、罪ではないのだ。罪はただ、イスラエルの神のみにあり、後の人間はその偽が身にまんまと騙された被害者にすぎないのだからね。哀れにもイスラエルの神にすっかり洗脳されてしまった人間に、真の神がなんたるかと言う真実を見せてから死なせてやりたいと思うのだよ、イゼベル」
「な!?」それを聞いて驚き、あわてて言葉を挟もうとしたのはアハズヤ付の医者だ。「少々お待ちを、アハズヤ様の病状では、エクロンへの旅など……」
だが、アスタロトはそれを無視した。「イゼベル、それでいいだろうな!?」と、彼は威圧するように言った。
イゼベルはその声と、彼の顔を見ているうちに、またあの日、アハブを亡くして嘆いていた日のように、不思議な気持ちに陥った。

「……良いでしょう」やがて彼女は物を言った。「エリヤ憎さに、お優しい貴方様のような視点を忘れておりましたわ。ええ。この哀れな人間をお救い下さい、アスタロト様」
「ま、まって下さい」またしても口が挟まれた。今度は、アハズヤのために祈祷をしていたベルゼブブの神官だった。
「あなた、先ほど、ベルゼブブ様を見せる、と……?」
「ああ、そうだ。ベルゼブブ様を見せてやる。私にはそれができるのだ。ベルゼブブ様は私が懇願すれば、いつでもその姿を現してくださる」
「神が、人間の前に姿を現すというのですか!?」
「ん?おかしい事ではあるまい。ベルゼブブ様は、存在しているのだから」
神官たちはうろたえ、イゼベルに彼について尋ねはじめた。イゼベルが口ごもっていると、アスタロトは答えた。
「私は偉大なるベルゼブブ様の使い、アスタロトだ。それ以外のなんの存在でもない。では、それで決まりだな。番兵を呼び、この男を明日まで牢につないでおけ!」
アスタロトはそう、まるで自分が王であるかのように自信満々に命令した。



エリヤとエリシャは、牢獄に連れて行かれた。番兵は彼が逃げ出さないかと多少びくびくしていたようだが、意外なことに彼は一切抵抗はせずに、むしろ番兵たちの先を歩きすらした。その間にも、不安げなエリシャを慰めるように彼と手をつないでいた。
エリヤの前に、一晩分の食べ物を持ってきたのは侍従長オバドヤだった。
「おいたわしく思います、エリヤ様」彼は言った。
「私はイスラエルの神を信仰しておりました。貴方を、尊敬しておりました」
「ありがとよ。侍従長さん」エリヤは軽くそう言って、食べ物を受け取った。
「私はミカヤの保護者でもありました」彼は言った。
「ミカヤは、ずいぶんあなたに迷惑をかけたことでしょう。手間のかかる子でしたから。でも、彼は潔く最期を遂げました。彼の呪われた運命が救われたのは、神と貴方のおかげだと私は思っております。本当に、ありがとうございました」
オバドヤは半ば涙ぐみながら、そう言った。エリヤもミカヤの事を思い出してか、「……いや、もう一人、あんたのおかげでもある。あんたも、大した人だ」と言った。


すっかり日が沈んだとき、エリシャは全く眠くなかった。牢獄に他につながれている人間は居ないのか、それともここが遠く離れた独房であるのか、周囲に人の気配は全くなく、沈黙そのものであった。
エリシャはエリヤの方を見た。彼は寝そべりすらせず、牢獄の窓から月を見ていた。月の明かりに、彼の顔が照らされた。
「……師匠」
エリシャは、彼に何と声をかけていいのかわからなかった。エリシャは処刑されるのだろうか。イゼベルはエリシャには興味がなさ気だったので、意外とその線は薄いように思われた。
それよりも今はエリヤだ。エリヤは言った。もう、自分は荒野に戻ることはない。自分はこの世を離れるのだと。エリシャには、それがひどく非現実的なことのように思えた。エリヤが死ぬなど、信じられないことだった。
エリヤは英雄だった。人間離れした存在だった。そして、明るく、生命力にあふれた人だった。死などとは、この世で一番無縁の存在だと、エリシャは感じていた。
「どうした?エリシャ」
「いえ……」
そう言って口ごもってしまった彼に、エリヤは静かに笑って言った。
「なあ、エリシャ。せっかくだ。少し、話をしてもいいか。お前が、俺の後継者になってくれるって、はっきり言ってくれた時から、話そうって決めてたんだ」
静かでひんやりと湿った牢の中に、エリヤの声が優しく響いた。どことなく、幻想的な思いでもあった。
エリシャはもちろん、首を縦に振った。それを受けて、月明かりのもとでエリヤは静かに話しを始めた。
それは、エリヤの昔話だった。誰も素性を知らない、生まれも知らない、エリヤ自身しか知らない、エリヤの人生を、彼は唯一の弟子に語った。

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